置き去りにした気持ちをそっと拾うー感情を後回しにしない2ー
ーー感情は、2度生まれる。
最初は音もなく、胸の奥で、かすかにほどけるように。
それはまだ小さくて、名前もなく、誰にも見せることのない揺れ。
触れようとすれば消えてしまいそうなほど、静かなもの。
けれど私達は、その瞬間を通り過ぎる。
見なかったことにして、置いていくーー。
♦感情は、消えない。触れられなかったものが、別の形で戻ってくるだけである
感情は、後でまとめて処理出来るものではありません。
その場で見過ごした小さな違和感や引っ掛かりは、消えるのではなく、形を変えて残り続るのです。
ー心は弱さを隠すために、強い感情を作り出すー
感情は、二層で出来ています。
表に現れるもの(二次感情)と、その手前にあるもの(一次感情)。
私達が日常で扱っているのは、多くの場合「後から形を変えた感情(二次感情)」です。
①一次感情(生の反応)
☆怖い
★悲しい
☆嫌
②二次感情(加工された反応)
★イライラ
☆正しさの主張
★相手への攻撃
たとえば、苛立ち。
苛立ちは突然生まれたように見えて、実際にはその直前に、もっと静かで微細な反応があります。
悲しさ、寂しさ、戸惑いーー。
言葉にならないまま、ほんの一瞬だけ立ち上がる感覚。
この感覚は、見過ごされやすいです。
弱さのように感じられたり、扱いにくかったりするからです。
その結果、私達はその感覚を、別の形に変換します。
より強く、よりわかりやすい感情へとーー。
ーー感情には、順番がある。
けれど、私達はいつもその順番を飛ばしてしまう。
静かに生まれた感情は、気付かれないまま通り過ぎていく。
代わりに、少し遅れて強い感情が現れるーー。
ー人は、感情を隠しているのではない。自分を守るために、別の形に変えているー
感情の二層構造は、下記のようになっています。
一次感情(入力)→フィルター→二次感情(出力)
問題の本質は、二次感情ではありません。
問題の本質は、一次感情と二次感情の間にあるフィルターの性質にあります。
一次感情が、そのまま表出されない理由が、このフィルターにあります。
フィルターには、3種類あります。
①認知フィルター:意味付け
★軽く扱われている
☆バカにされている
→意味付けは、同じ出来事でも、人により異なる
②規範フィルター:こうあるべき
☆怒ってはいけない
★弱さを見せるべきではない
→家庭・文化・職業等で、形成されていく
③防衛フィルター:守り
★否認→感じない
☆投影→相手のせいにする
★置き換え→別の感情にする
→無意識レベルで作用する
この3つのフィルターを通った結果生まれるのが、二次感情です。
フィルターを通った結果ーー
☆怒り
★正しさの主張
☆無関心
★過剰な合理化
ーー等が、生じます。
これらの二次感情は、フィルターによる感情の加工品なのです。
ーー悲しさは届く前に強さをまとい、寂しさは気づかれる前に怒りへと姿を変える。
通り抜けた後に残るのは、もう元の形をしていない感情。
けれど、私達は、その感情を本物であると思ってしまう。
けれど、時々その違和感を感じることがある。
強くなり過ぎたその感情の奥に、通り抜ける前のまだ触れられていないものがあることに。
フィルターは、私達を守る為に存在している。
けれど、同時に、フィルターは、私達の本当の気持ちを遠ざけてしまう。
だからほんの少しだけ、フィルターの手前に意識を戻してみる。
まだ名前のないままの感情に、まだ歪んでいない揺れに。
そこにはまだ誰にも触れられていない、そのままの自分が静かに息をしているーー。
ー心のフィルターは、生まれつきではない。傷つかないために、少しずつ覚えてきたものだー
フィルターは、学習されて作られます。
過去の経験が、フィルターを作るのです。
★否定された経験→感情を隠す
☆怒られた経験→怒りに変換
★無視された経験→強く出る
二次感情は、現在の反応ではありません。
二次感情は、過去の最適化なのです。
人間関係の問題は、ここで生じます。
☽ 自分
一次感情:悲しい
二次感情:怒り
☽相手
「何で怒ってるの?」
あの人と会話がズレる理由は、互いに二次感情でやり取りをしているからにあります。
人は、感情に反応しているのではありません。
人は、変換された感情に反応しているのです。
誰でも出来るシンプルな実践方法を。
①0,5秒の違和感を拾う
「今、何か引っかかった」
②名前をつける
「悲しいかも」「嫌だな」
③そのまま数秒だけ感じる
正当化しない・説明しない
これはシンプルですが、実はかなり難しいです。
大切なのは、怒りを抑える事でも、優しくなる事でもなく、怒りの手前に戻れる事です。
ーー怒りは、何かを守るように立っている。
見えないものに、蓋をするように。
だから、抑えようとしなくていい。消そうとしなくていい。
ただ、ほんの少しだけ戻る。
強さの手前へ。輪郭の手前へ。
まだ名前もないまま、確かにそこにあった揺れに。
そこに触れた時、怒りはまるで役割を終えたかのように、静かになる。
本当に向き合うべきものは、いつも手前にある。
怒りの奥ではなく、怒りの前に戻れること。
これが、自分に触れるということーー。