若者の学習意欲

 大阪の適塾や江戸の昌平坂学問所等、江戸から幕末にかけて、日本の若者は「学びたい。」という気持ちに溢れていました。  当時の語学の主流は、英語ではなく、オランダ語でした。  英語が語学の中心となるのは、ペリー来航後以来です。  その当時には、辞書や教科書等も普及しておらず、皆で「この意味は何だろう?」等と考え、1つ1つオランダ語の意味を考えていました。  電気やコピー機がない時代、蝋燭に火を灯し、辞書や教科書を写し、自身で教科書を作りました。  また、教養や経験がある人がいると聞けば、何キロも歩き、会いに行き、話を聞きにいきました。  福沢諭吉は、江戸から横浜まで12時間かけて歩き、英語を習ったといいます。  福沢の『学問のすすめ』を要約すると、「勉強しないと、落ちぶれちゃうよ。」というものでしょうか。  上野から湯島天神に立ち寄り、湯島聖堂まで歩く中、当時の若者の学習意欲について考えました。