「あの人、夜なのに大変だな。」
ケンタッキーの店舗に飾られているカーネルサンダースの像を見て言った、私の祖父の言葉です。
高校生の頃、読書を通じ、サンダースが65歳でケンタッキーのビジネスを始めた事を知り、何歳になってからでも、挑戦出来る事を学んだ事を記憶しています。
その時読んだ本には経営していたガソリンスタンドが火事にあい、高速道路が出来た事でお客が激減した事まで書いてありました。
しかし、調べていくと、その出来事はサンダースの人生の一部の逆境でしかなかった事を知りました。
「失敗とは、再始動したり、新しい事を試したりする為に与えられたチャンスだ。私は、そう信じている。」
サンダースの言葉です。
31歳の時、それまでに貯めたお金の全てをつぎ込み、ライトを販売する会社を作ります。
しかし、競合他社が新しいライトを発明してしまい、会社はあっけなく潰れ、34歳にして自己破産し、一文無しになります。
すでに、結婚しており、子どももいたサンダースは、一家を養う為、タイヤのセールスマンとなり、懸命に働きます。
懸命に働き、一時は全米一の売上げを誇るタイヤのセールスマンになりました。
その栄光も束の間、セールスマンを始めて1年半が経った頃、吊り橋から車ごと転落して、大怪我を負います。
命は取り留めたものの、車は壊れ、怪我で身体も動かせない為、失職してしまいます。
37歳の時には、ガソリンスタンドの店舗運営をしてみないかという話が舞い込み、チャレンジします。
持ち前のサービス精神で、客の車を無料で奇麗にする等の営業努力により、平均的なガソリンスタンドの3倍の売り上げを作るまでに店舗を成長させました。
今度は、干ばつの影響による不景気でガソリンは、売れなくなっていきました。
初めのうちは後払いでガソリンを売っていましたが、これに世界恐慌が重なり、お金の回収が出来なくなり、ガソリンスタンドの経営から手を引かざるを得なくなりました。
このように、サンダースの人生は上がったり、下がったりを繰り返す人生でした。
しかし、サンダースにとっては失敗とは再始動のチャンスだったわけですから、落ち込んだり、立ち止まったりはしません。
仮に、ライトの会社やタイヤのセールス、ガソリンスタンド経営等が軌道に乗り続けていたら、現在のケンタッキーは存在していなかったかもしれません。
「苦難は大抵未来の幸福を意味し、それを準備してくれるのもであるから、私はそうした経験を通じて、苦難の時には希望を抱くようになり、逆にあまりに大きな幸福に対しては疑念を抱くようになった。」
カール・ヒルティの言葉です。