豊臣家の栄華は、秀吉という天才が生んだひとひらの幻影のようである

 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者心衰の理をあらわす。」

 『平家物語』の冒頭の一説です。

 2022年1月より『平家物語』アニメも控えており、桜井さんはじめ豪華声優陣の声で『平家物語』を聞ける日を楽しみにしています。

 

 一時は栄華を極めた清盛要する平氏が、頼朝要する源氏に滅ぼされた要因の1つに、清盛が頼朝を処刑しなかった事が挙げられます。

 幼き頼朝の命だけは助けてほしいと妻に懇願され、清盛は頼朝の処刑を取りやめ、伊豆に流刑します。

 時の経過とともに、成長した頼朝が少しずつ打倒平氏の軍団を組織し、遂には平氏を滅ぼす事になろうとは当時の清盛は想像出来なかったはずです。

 清盛のこの判断を反面教師にし、後の時代では反乱した武将は当人はもちろん、その一族も全て処刑し、反乱因子を徹底的に取り除く事が常識になっていきました。

 

 秀吉とその正室寧々は、とても仲の良い夫婦でした。

 寧々は秀吉が貧しき頃から連れ添った妻であり、元祖あげまんのような女性です。

 仲睦まじい夫婦の唯一の悩みは、子が出来なかった事でした。

 その為、秀吉は養子や親戚を家族のように扱い、豊臣政権を急ごしらえで整えていきます。

 加藤清正、福島正則、黒田長政、宇喜田忠家、小早川秀秋、豊臣秀次等が秀吉と寧々の下、育てられました。

 

 秀吉は天下を手中に治めると、後継ぎ問題に直面します。

 子のない秀吉は、妹の子である豊臣秀次を後継ぎに決め、関白の地位を譲ります。

 そのような中、側室茶々(淀)との間に子が生まれます。

 1人目の子は幼き頃に亡くなりますが、2人目の子は元気に育っていきます。

 この2人目の子が、豊臣秀頼です。

 

 秀頼を溺愛した秀吉は、天下の事ではなく、秀頼の事だけを考えるようになり、これまでの秀吉らしからぬ迷走を始めます。

 若しくは、数々の記録をみるに、この頃から秀吉は認知症にかかっていたのではないかと想像されます。

 自らが後継ぎに指名した秀次を秀吉は、秀頼を危うくする存在になると感じ始めます。

 秀吉は、秀次を高野山に蟄居させ、精神的に追い込まれた秀次は自害します。

 秀吉の許しなく、自害した秀次に怒りを覚えた秀吉は、秀次の住居聚楽亭を破壊し、妻子39人全てを三条河原で処刑します。

 

 この一件で、人々の豊臣政権に対する目は、疑いの目に変わっていきます。

 また、秀次の遺領配分では、福島正則が尾張20万石と最も所領を貰い受けます。

 後の関ケ原の戦い、福島正則が尾張領を家康に差し出し、東軍が早く西上する事を助けました。

 何の因果か、秀次事件は、時を経て、豊臣政権の首を絞める形になりました。

 

 清盛は頼朝の命を助けた事で、後に平氏は滅亡しました。

 秀吉は秀次の遺伝子を引き継ぐ者達を皆殺しにした事で、後に豊臣は滅亡しました。

 歴史を学ぶと、答えは1つではなく、時代とともに変化していく事を学ぶ事が出来ます。