♦日本史で、1番好きな人物は誰ですか?
私は、過去10年程、この質問に対し「徳川家康」と答えていました。
しかし、現在、この答えに、揺らいでいます。
その理由は、現在の日本人の「皆と同じ事をしなければならない」「実績を出していなくても、その場にいる事が出来る」「違う意見を言われると、その人の事を嫌いになる」等の世界観を作り出した元凶が、家康であると、私は考えているからです。
「王とはな、誰よりも強欲に、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する。清濁を含めて人の臨界を極めたるもの。」
「そうあるからこそ、臣下は王に羨望し、王に魅せられる。一人一人の民草の心に、我もまた王足らんと憧憬の灯が燈る。」
「貴様は臣下を救うことばかりで、導くことはしなかった。」
「王とはッ――誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王。故に――!王は孤高にあらず。その偉志は、すべての臣民の志の総算たるが故に!」
『Fate/Zero』アレクサンドロス大王の言葉です。
…アレクサンドロス大王、始皇帝、ハンニバル、ジャンヌダルク、ナポレオン…
日本史という物語は、ヨーロッパや中国の概念でいう、英雄を1人も生んでいません。
ヨーロッパや中国の概念でいう英雄のような、神が生んだとしか表現のしようのない天才的自己肥大の精神や行動を、社会が許容し、社会そのものが感応し作動するような条件が、日本の地理的・社会風土的の中にはありませんでした。
これは、これで日本史の面白い部分ではありますが、つまり、家康というのは、日本史を変えたというその仕事の割に、ヨーロッパや中国の英雄からは、遠くかけ離れた存在です。
これと同時に、ヨーロッパや中国の英雄が、社会にもたらした惨禍という暗い一面を、殆ど作る事なく歴史を変えたという点においては、もっと評価されて然るべき人物ではあります。
視点を変えれば、戦国時代の権力社会を構成する者達の安心感が、彼を天下の主に、せり上げていったという事も出来ます。
同時に、家康という人物は、その社会の機敏さを、狡猾な程に、心得ていた人物でもあります。
ー1日に1度主君に、ご飯を運ぶ仕事ー
江戸時代の武士には、これだけを仕事にし、給料を貰っている者が、多数存在しました。
ここまでとはいかないまでも、現在も、似たような日本人は、多いのではないでしょうか?
実績を出していないにも関わらず、仕事を横に流し、会社に所属しているというだけで給料を貰い続ける。
私は、実績を出す事が出来ない人を解雇する事が出来なかったり、労働時間内に仕事を終わらせる事が出来ない能力の低い人に時間外労働として2割5分以上の給料を払わなければならない「労働基準法」も、家康の功罪であると考えています。
家康が、その基礎を堅牢に築いて、270年続いた江戸幕府、否、江戸時代というのは、功罪半ばします。
現在大河ドラマで放映されている『べらぼう』のような文化文政時代における日本特有の文化や、教養の普及という点では、江戸時代の功は、大きいです。
しかし、室町時代末期に鉄砲とキリスト教が到来してからの日本人と比較し、同じ日本人とは思えない程に、民族的性格が矮小化され、奇形化されたという点では、江戸時代は、罪の方が大きいと、私は考えています。
室町時代末期に、日本を洗った世界の大航海時代の潮流から日本を閉ざし、さらに、キリスト教を禁圧するに至る江戸時代というのは、日本に特殊な文化を生ませる条件を作りました。
これと同時に、世界の普遍性や多様性というものに理解が及ばない日本人の民族性を、作ってしまいました。
これが、昭和期のあの戦争に繋がり、現在まで続く日本人の村社会的な遺伝子として、日本人の身体と心と脳に、深く刻み込まれています。
この功罪は、徳川家という極端に、自己保存の神経に過敏な性格が、根にあります。
そして、これは家康の凄い所でもありますが、この徳川家の性格、否、江戸時代以降の日本人の性格というのは、家康自身の個人的性格から、発している所が、非常に濃いのです。
家康が、キリスト教を禁じていなければ、日本の運命は、大きく変わっていたでしょう。
日本列島という孤島の中で、世界的にみれば、非常に特殊な意識と環境の中で育ち、世界的な視野でモノを考える事が出来ない事が、現在でも日本人の弱点です。
家康が、キリスト教を禁じていなければ、現在でも、日本人の中には、2割か3割程カトリックの人がいて、これを通じて、世界性というものが、日本人の中にも身に付いていた事でしょう。
さらに、2割か3割カトリックがいる事で、他の多くの国と同様、英語に触れる事が当たり前の日本になっており、現在を生きる私達日本人も、普通に英語を話す事が出来ていたと思います。
現在を生きる私達日本人の中には、家康が生きています。
この意味では、現在を生きる日本人にまで、遺伝子という視点から影響を与えている人物は、日本史上家康のみであり、凄いと表現する事が出来ます。
しかし、その功だけではなく、罪も知り、行動をしていく事が、必要になってきた時代に、現在の日本人は、立たされています。