超戦争時代ー二千年後の君へ24

 

 

 「無陀野さん!今回の戦闘、遠くから見てました!凄かったです!圧倒的な強さに、感動しました!」

 「‥‥。」

 「無陀野さん!戦闘部隊に、ぜひ戻ってください!無陀野さんに鍛えてもらえたら、みんな喜ぶ‥」

 「すまないが、そのつもりはない。」

 「え‥?」

桃源暗鬼 名言集 京都機関襲撃まで | GOLD APPLE 漫画名言

 

 「なんでなんですか!?無陀野さんほどの人が、教師なんて、もったいないですよ!」

 「‥‥。」

 「前線で戦う俺らより、子供を優先するなんて、悲しいっす!」

 

  『桃源暗鬼』隊員と無陀野の会話です。

 

 

 

  ♦人は、悲惨な目に遭うと、意味をつけないといられなくなる

 

 2025年8月15日は、戦後80年の日でした。

 

 私は、大学時代「戦争」というものを知りたいと思い、自分で調べるとともに、広島・長崎・沖縄等「戦争」の跡地を訪れ、戦争を経験した人達の話を聞いて、歩きました。

 しかし、戦争を経験した人の話を聞いても、どこか「それでいいのかな?」という気持ちを抱いた事を、記憶しています。

 その気持ちの1つが「○○のお陰で」という言葉です。

 

  ★家族の死

  ☆離婚

  ★受験や転職・起業等の失敗

 

 戦争の他にも、上記のような出来事が、生じた時、人は、その出来事に意味を見出そうとします。

 これは、そうしなければ生きていく事が出来ない人の一種の生存本能なのかもしれません。

 勿論、その当事者に対し、その見出した意味を否定する事は出来ません。

 

 

 しかし、歴史を振り返ると「〇〇のお陰で」という言葉が、間違って使われ続けられてきた事に、気付きます。

 

  「○○のお陰で」という言葉が、間違って使われる

  「〇〇のお陰で」という言葉が、正当化される

  「○○のお陰で」という言葉が、次の犠牲者を増やす

 

 歴史を振り返ると、上記が繰り返されている事に、気付きます。

 

 このような事に気付く為に、戦争のネガティブであった一面のみに目を向けるのではなく、ポジティブであった一面にも目を向ける事が、有効です。

 

 

 

 「うっせえな。やらねぇって言ってんだから、話は終了だろ。」

 「いや、だってもったいないです!あの実力があるのに!無陀野さんの強さに、憧れてるんです!好きだからこそ、言ってるんです!」

 

 「あ?好きだからってつけりゃ、何言ってもいいと思ってんのか?」

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 「好きだから、言ってる?愛情、人質にして遠回しに命令してんじゃねぇよ。カス野郎が。」

 「そうやって何かを盾にして、思い通りに動かそうとするやつを、カス野郎って言うんだよ。」

 「カスみてぇなこと言うくせに、嫌われたくねぇってか?笑わせんなカス。」

 

  『桃源暗鬼』真澄と隊員の会話です。

 

 

 

  ♦戦争の開戦当初は、日本人は喜びの手紙を書いていた

 

 戦争のドキュメント番組等を観ていると、戦争を経験していた人達の、手紙が紹介される事が多いです。

 その手紙の中身は、殆どの場合、死や絶望等を記したものです。

 

 しかし、戦争の時代を生きた日本人が、死や絶望の手紙を記し始めたのは、戦争が終了する前の5カ月間のみです。

 つまり、3月10日「東京大空襲」以前の日本人は、戦争に楽観的であり、戦争をする事に対し、喜びを記していたのです。

 

 あなたも、日本が戦争をしている事に、歓喜していた当時の日本人の映像を観た事が、あるのではないでしょうか?

 

 こここそが、後の時代を生きる私達日本人が、最も学ばなければならない部分であるにも関わらず、戦争が終結する僅か5カ月間のみのネガティブな部分のみを紹介していては、戦争において最も学ばなければならない部分を、学ぶ事が出来ません。

 

 

  1位:プロスポーツ選手

  2位:花屋・パン屋等のお店経営

  3位:教師

  4位:ユーチューバー

  5位:医師

 

 2024年小学生のなりたい職業ランキングです。

 

 小学生がなりたい職業に選ぶものは、小学生が身近で関わる事が出来る職業である事に、気付きます。

 この事より、戦争の時には、軍人に憧れる小学生が、多かった事を推測出来ます。

 

 現在の児童が、バスや電車が大好きなように、戦争の時の児童は、戦車や戦闘機が大好きだった事でしょう。

 子どもに限らず、戦争により、経済的に大きく儲ける事が出来た大人達も、多数存在していました。

 現在、都心において不動産を所有している人の多くが、戦後焼野原であった東京において、誰の者でもない土地を運良く所有する事が出来た人達の、子どもや孫です。

 

 その子どもや孫は、自ら働かずとも、都心に不動産を所有しているというだけで、一生暮らしていく事が出来ます。

 つまり、戦争の恩恵を現在まで受け続けている人が、数多くいるのです。

 戦争のネガティブな部分のみではなく、ポジティブな部分にも、目を向けなければ、本当の意味で戦争と向き合う事は出来ません。

 

 

 

 「強くなりてぇぁら、戻れって真っ直ぐ、言ってみろっての。」

 「はいはい。真澄隊長。そこまでです。隊員が、死にかけてます。」

 

 「ま!隊長は、それぞれの生き方を尊重しようねって、言ってるだけだから。」

 「あぁでも一つだけ、君は悲しいって言葉を使ったけど、あれは不要だったね。」

 「悲しいって言葉で、圧をかけて心に突き刺さりやすくして言うのは、正直性格の悪さが滲み出てるから、気をつけたほうがいいよ。」

 

  『桃源暗鬼』真澄と馨の言葉です。

 

 

 

  ♦敗戦が国民に理性を与え、勝利が国民を狂気にする

 

 では、何故、戦争時の日本人は、数多くの犠牲が出る事がわかっているにも関わらず、戦争を喜んだのでしょうか?

 この答えを探すには、時を、明治まで遡る必要があります。

 

 この続きは、また日程。