「一騎当千の猛者か。確かに、居るよね。清国の昔話に出てくる一人で、本当に千人を倒す様な化物じゃなくて、その者が現れると、味方千人が奮い立ち、敵方千人が恐れ慄く‥そういう意味での一騎当千。」
「例えば、新選組の近藤局長・土方副長。長州の高杉晋作。薩摩の西郷隆盛。」
『るろうに剣心』永倉新八の言葉です。
♦世界史の常識を変える必要がある
これまでの人類史において、中世以降の世界の中心は、ヨーロッパとされてきていました。
しかし、近年の研究において、この常識は、覆えようとしています。
戦国時代においては、日本こそが、世界史の最前線であったのです。
そして、日本が世界史の最前線となる事に、私達のよく知る、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三英傑が、深く関わっている事が、わかってきました。
♦大阪の陣は、スペインとオランダによる世界大戦でもあった
★1600年:関ヶ原の戦い
☆1614年・1615年:大阪の陣
上記2つの戦に勝利をし、天下を後の世にまで徳川のものとした徳川家康。
そんな家康の後ろにも、海外の軍事力がありました。
家康の時代、世界の覇権を争っていたのは、スペインとオランダです。
大阪の陣において、スペインは豊臣を支援、オランダは徳川を支援します。
大阪の陣は、豊臣と徳川のみの戦いにあらず、スペインとオランダの代理世界大戦という意味合いもあったのです。
「合戦(いくさ)の前に、勝利を決めよ。矢を放つ、槍を合わすは、事後処理にすぎぬ。」
『センゴク権兵衛』徳川家康の言葉です。
♦徳川家康が大阪の陣で、勝利が出来た理由
関ケ原の戦いの2年後の1602年オランダで、世界初の株式会社が設立されます。
☆他国と条約を結ぶ権利
★要塞を作る権利
☆金を作る権利
世界初の株式会社である「オランダ東インド株式会社」には、一国の政府であるかのような権限が、与えられていました。
小国であるオランダが世界の覇権を握る為には、株式会社を作り、その会社に世界中の国と取引をさせ、富を得るという方法が、最も合理的な方法だったのです。
…ポルトガル・スペイン・オランダ…
日本の戦国時代に、ヨーロッパの国々は、それぞれの思惑の下、世界各国に、旅立っていきました。
取引をするには、共通となるお金「国際通貨」が必要となります。
世界初の「国際通貨」は、銀でした。
そして、銀は、日本において、大量に産生されていたのです。
当時、最も銀が取れた場所が、現在の新潟県にある佐渡島です。
現代においては「トキの島」として有名な佐渡島は、戦国時代後期、50,000人の労働者が昼夜交代で休みなく、銀を発掘し続ける島でした。
そして、この銀の発掘作業を命じていたのは、家康でした。
☆年間2,300t
★世界の発掘量の3分の1
佐渡島で発掘される銀は、最盛期、これ程のものだったのです。
…滅びる原因は、自らの内にある…
徳川家康の言葉です。
♦スペインを選ぶのか、オランダを選ぶのか
戦国時代後期、世界最大の銀を求めて日本に貿易を持ち掛けてきた国が、2つありました。
それが、スペインとオランダでした。
ただ、スペインとオランダでは、その取引の中身が、異なりました。
スペインが日本に近づいた目的は、貿易のみにあらず、キリスト教を布教させ、日本をキリスト教の国にする事だったのです。
宗教とは心を奪う事でもある為、スペインは、日本人の心を奪いに来ていたのです。
信長の時代から日本に近づき、信長に銃を提供してきたスペイン。
しかし、信長~家康までの僅か20年足らずで、日本の軍事力は、世界でも指折りのものにまで成長していました。
…軍事力のある日本を攻めるのは、容易ではありません…
当時のスペイン人宣教師の手紙が残されています。
その為、スペインは、日本を軍事力で攻めてキリスト教に改心させる事から、キリスト教を布教させ、キリスト教に改心させる事に、舵を切ります。
これに対し、オランダは、キリスト教の布教は、目的としていませんでした。
オランダは、ただ貿易をして、利益を得る事のみが、目的でした。
家康は、貿易の相手に、オランダを選択します。
♦豊臣と徳川との戦いという意味合いだけではなく、スペインとオランダの世界大戦であった大阪の陣
家康は、オランダから軍事物資の支援を受ける事と引き換えに、銀を渡すという取引を成立させます。
家康を取りこめなかったスペインは、いまだ求心力の強かった豊臣秀吉の息子・豊臣秀頼を支援します。
キリスト教の布教を恐れた家康による「キリシタン弾圧」により、領国を追い出された武将達を、秀頼は、支援をします。
これにより、キリシタンの兵力が、大阪城に集結します。
その数は、何と100,000人。
近年の研究により、大阪の陣の最中、大阪城内で銃の生産が行われていた事も、わかってきました。
これを可能にしていたのが、豊臣を支援するスペインの力です。
家康は、100,000人の軍と次々と生産される銃により、通常の戦い方では、豊臣方に対し、劣勢となります。
そこで、家康が、秘策として用意していたのが、当時最高の飛距離を誇る大砲でした。
有効射程距離500mの大砲は、オランダが製作した、世界最大級の大砲でした。
秒速340mという音速をも超える大砲が、大阪の陣の勝敗を、決めました。
これにより、150年続いた戦国の世に、終止符が打たれます。
♦切磋琢磨を繰り返した戦国時代が、結果的に他国からの侵略を防ぐ事になる
私は、戦国時代に、戦いに明け暮れ、数万人の命が奪われる時代に、疑問を抱いていました。
果たして、その戦いは必要なのか?その命は、尽きなければならなかったのか?
ただ最近、歴史のレンズを引いてみる、若しくは日本史と世界史を繋げて見た場合、戦国時代は、必要な時代であったのかもしれないと、感じています。
戦国時代、戦を繰り返す事で、日本の軍事力は、世界でも有数のものにまでなりました。
これにより、当時、世界中を武力により侵略をしていたヨーロッパの国々からの、武力による侵略を防ぐ事が出来ました。
もし、日本に戦国時代がなかったら、現在の日本は、日本人が少数で、白人・黒人等が多数の国で、殆どの人がキリスト教徒であり、言語も英語の国になっていたでしょう。
また、外国との戦いにおいて、戦国時代以上の、日本人の命が失われたかもしれません。
古墳や仏閣・城等の日本固有の建築物等は殆どなくなり、日本の文化である漫画・アニメ等がここまで成長する事もなかったでしょう。
現代の日本は、戦国時代に散っていった多くの命の上に成り立っている。
このように考えると、日本に生きていく事も、誇らしく感じてきます。