「俺は、こんな物のために、金のために頑張ってきたわけじゃない。‥でも、たとえ夢の中でも、最期に君に会えて良かった。」
「最期?」
「俺は、マハトに負けた。実力の差を見せつけられた。この半世紀、研鑽を怠ったつもりはない。それでも、届かなかったんだ。」
「それがどうしたの?」
「今までだって、数え切れないほど負けてきたじゃない。それでも、諦めなかった。」
「あれは、指導試合だ。」
「最期まで、醜く足掻くんでしょ?少なくとも、私の見てきたデンケンは、そうだった。」
…そういえば、いつだったか一度だけ…
『葬送のフリーレン』デンケンの夢の中の物語です。
♦日本史の転換期。生きる事以外に、関心を寄せる時代の始まり
主要国で歴史上始めて、食料余りを迎えた江戸時代中期の日本。
米という視点から、少し離れて歴史を見ると、これはとても大きな出来事でした。
これまでの日本人にとっては、米を食べる事、つまり生きる事が、人生の全てでした。
しかし、米が余り出し、食料への不安がなくなってきた日本人は、米を食べる事、つまり生きる事に直結しない事に、関心を寄せる余裕が生まれたのです。
…本を読む・絵を観る・芝居を観る…
米が余り出した事で、日本史に、彩りが出るようになってきたのです。
現在放映されている大河ドラマ『べらぼう』のような世界観は、米が余り、米を食べる事以外に、日本人が関心を寄せる余裕が生まれた為に、起こり得た事だったのです。
ただ、これは、後の世から歴史を振り返った時に、気付く事。
その時代を生きた吉宗は、それ所ではありません。
「私は貴方の師であり、倒すべき敵。お望みとあらば、敵としての役目を全うすることに致しましょう。」
「魔王軍、七崩賢・黄金郷のマハト。参る。」
…今までの戦い方とは、まるで違う。無数の金片による大質量の攻撃。直撃すれば、原形は残らないだろう…
…当たらない…
…掠っただけなのに、防御魔法が粉砕された、最早これは、攻撃魔法としての領域を超えている。一体マハトは、何と戦うために、これほどの研鑽を積んだんだ…
…少なくとも、現代の魔法戦を想定したものとは思えない…
…人の身では、決して辿り着けない魔法の高み。これが、七崩賢か…
…だが、儂は、まだ生きてる…
…まだ、戦える…
『葬送のフリーレン』マハトの言葉と、デンケンの脳内言葉です。
♦300年前の大阪において、世界初の先物取引が行われていた
現代より時を遡る事、300年。
米の値段を決めていたのは、江戸幕府ではなく、大阪の商人でした。
大阪には、90もの諸藩が蔵屋敷を構えていました。
そして、江戸時代の大阪の米の取引において、米そのものは存在しませんでした。
①米切手という証券で取引
②米切手を持ち、諸藩の蔵屋敷で、米を貰う
300年前の大阪において、現在の金融マーケットのような、巨大なマーケットが存在していたのです。
これは、世界初の先物取引でした。
また、現在の株・FX・仮想通貨等のように、実際には、米を持つ事なく、紙の上だけで米の取引を行う「帳合米」という取引も、盛んに行われていました。
諸藩は、自分達の藩の米をより高く売る為、現在でも行われるような米のブランド化や、生産者の名前を載せる等の工夫もしていました。
食料生産と人口の動きが主要国で歴史上初めて別の動きをし始めた300年前の日本。
米が余り出し、米の価格が、急激に低下していきました。
時の将軍、吉宗は、大阪の商人が米の値段を決めている事が問題であると捉え、そこにメスを入れる為の行動を選択します。
…さらに激しくなる猛攻…
…だが、対応できている。冷静に観察できている。その事実に、儂自身が一番驚いている…
…確かに、マハトは強い。遥かなる高みにいる魔法使いだ…
…だが同時に、想像を上回るほどではないと考える自分もいる…
…若い頃の記憶とは、不思議なものだ…
…記憶の中の大人が大人のままであるように、お前は、儂の中では、決して乗り越えられぬ師のままだった…
…正直、勝負にすらならないと思っていた。勝機など無いと思ってた…
…だが、万に一つくらいはあるかもしれんな…
『葬送のフリーレン』デンケンの脳内言葉です。
♦300年前、米の価格に挑み、敗北を重ねた将軍の物語
★1720年(享保5年) :70匁
★1730年(享保15年):30匁
現代は、1年間において、米の値段が、2倍になっています。
300年前の江戸時代では、10年間で、米の値段が、半額以下にまでなっていました。
そこで、吉宗は、江戸幕府が米の値段を決めるように、動きます。
当然、大阪の商人達は、反発します。
現代においても、政府が介入しても、米の値段を抑える事は出来ずにいます。
果たして、吉宗の行動は、吉と出るのか?凶と出るのか?
この続きは、また後程。