「掃除当番は一クラスを男女混合四つに分けて回していく。適当に分けられたグループのはずなのに、しばらく経つとごく自然に、よくがんばってる生徒、普通にこなす生徒、全力でサボる生徒という上中下の階層に分断されていくのだ。ちなみにサボる生徒が上である。」
「奇妙なことに、どれだけ適当に分けられても、ぼくはいつの間にか下の階層に組み込まれている。ぽっちゃり体型で、勉強と運動は中の下、もしくは下の上。ひとつひとつは致命的ではないはずだが、複数が合わさり江名夏樹になった途端、なんらかの法則が発動し、異世界に飛ばされるライトノベルみたいに、ぼくは下の階層へ飛ばされる。けれど飛ばされた異世界でも勇者や魔法使いになったりしない。ぼくは、どこまでもぼくだ。」
小説『滅びの前のシャングリラ』の一説です。
スクールカウストを、これほど見事に描いた言葉はないでしょう。
小学校4年生位になると、他者の視線や関わり方により、自らの階層を自然と覚えます。
そして、この階層は、学生時代基本的に変わることはなく、下の階層が中の階層になることはなく、中の階層が上の階層になることもない、一方通行なものです。
私もよく夢で、中学や高校時代の夢を見ますが、夢の中でも階層が存在しています。
学生時代は、学校の中の世界が全てではありますが、それはとても狭い世界です。
学生時代、階級の恩恵を受けた人も、被害を被った人も、それは過去の話です。
私の経験でいうと、学生時代上の階層であった人は、仕事にも就かず、地元にずっといる人が多いような印象があります。そして、逢って話をしても、する話は学生時代の話ばかりです。私は、その時、「成程、人生は上手く出来ているな。学生時代にいい思いをしても、それが大人になっても続くわけではないな。」と感じました。
つまり、この階級が将来の成功とは、比例しないと思われます。
学生時代に得た感情は、経験として、今後の人生に活かし、過去ではなく、現在や将来の話をしていきましょう。