VS空気

 「大事なことを思い出した。大切な人の記憶が蘇った。これから、僕が相手をするのは空気だ。押しても引いても叩いても何もないあの空気。学校を取り巻く空気。右に倣えの生き方は楽でいい。悪いことの判断を全部自分でするのはカロリーを使うし、自分の意思を持つと否定された時に傷つくことになる。その点、みんなと一緒であれば安全でいられる。見たくないものを見ずにいられる。考えたくないことを考えずにいられる。全部他人事で済ませられる。」

 「だけど、みんなそうしてるからってだけで、誰かを苦しめていいなんていう理屈はない。みんながそうしてるから。みんながそう言ってるから。それが正しいとも限らない。だいたい、みんなって誰だ?」

 『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』梓川の言葉です。

 小学校高学年位から空気という存在に気づき、中学・高校と空気という存在に縛られるようになります。

 私は、その空気が嫌いでした。

 大人になったら、私の嫌いな空気はなくなるかと思っていましたが、そこにあったのはさらに陰湿な空気でした。

 人が集団になれば、必ず空気が存在します。いじめがなくらないこと同様、空気もなくなりません。

 私が、独立をした理由の1つに空気を感じたくないからというものが挙げられます。

 その点、コロナウイルスにより、空気に多少変化が生じてきました。

 人と近づかなくてよくなりましたし、直接逢わなくてもよくなってきました。

 空気が嫌い、苦手な私にとっては、良い傾向にあります。

 「もう無視なんかさせない。見て見ぬふりなんかさせない。出来ないくらにみんなの記憶に刻みつけてやる。もう空気なんて読んでやるかバカバカしい。」

 再び梓川の言葉が、胸に刺さります。