いつかサッカーを辞めても、心に残るものー子どもは、失敗した時の大人のまなざしの中で育つー
ーー子どもは、ひとりで大きくなっていくわけではない。
誰かと笑った時間。誰かに待って貰えた時間。誰かに信じて貰った時間。
そんな無数の時間が重なって、子どもは、大きくなっていく。
だから、成長とは能力が増えることだけではない。
成長とは、安心できる記憶が増えることでもある。
失敗したのに、見捨てられなかった。
泣いたのに、嫌われなかった。
出来なかったのに、居場所がなくならなかった。
こうした記憶は、やがて心の根になる。
木が根を張るように、人もまた、関係の中に根を張って生きている。
だから子どもを育てるとは、上手に教えることではない。
子どもを育てるとは、その子が根を張れる場所になることだと思うーー。
♦シュートは、忘れる。でも信じられた記憶は、残り続ける
私達大人は、子どもを育てる時「何を教えるか」に、目を向けがちです。
もちろん、知識や技術を伝える事は、大切です。
しかし、子どもは言葉だけで育つわけではありませんーー。
☆失敗した時に、どう受け止められたか
★不安な時に、誰がそばにいてくれたか
☆上手くいかない時に、どのような関係の中にいたか
ーーこのような体験を重ねて、子どもは「また、やってみよう」という力を育んでいきます。
サッカーも、同じです。
子ども達は技術だけでなく、失敗との向き合い方や、仲間との関わり方を学んでいきます。
だからこそ、子どもを育てる上で大切なのは、大人が「何を教えるか」よりも「どのように一緒にいるのか」であると思います。
ーー子どもは、教えられた言葉だけで育つわけではない。
誰かとの関わりの中で、自分という存在を育てていく。
転んだ時何と言われたかよりも、その時誰が隣にいてくれたのかを覚えている。
失敗した時どんなアドバイスを貰ったかよりも、その時の大人の表情を覚えている。
ため息だったのか、笑顔だったのか。
急かされたのか、待ってもらえたのか。
子どもは、言葉の意味より先に、関係の温度を感じているーー。
ー子どもは、大人に教えられた言葉で育つのではない。失敗した時に、大人に向けられたまなざしの中で育つー
大人は、つい何かを教えたくなりますーー。
★正しい蹴り方
☆正しいポジション
★正しい判断
ーー勿論、これらは大切です。
知識や技術を身につける事で、子どもは出来る事が増え、よりサッカーを楽しめるようになります。
でも、子どもが本当に見ているのは、大人に教えられた内容ではありません。
子どもは、大人が自分をどのように見ているのかを見ていますーー。
☆失敗した時
★上手くいかなかった時
☆皆に追いつけなかった時
ーーその時、大人の表情は、どうだろうか?声のトーンは、どうだろうか?
子どもは、その僅かな変化を、感じ取ります。
そして、無意識に学んでいきますーー。
★上手くできる自分なら、受け入れて貰えるのか
☆上手くできなくても、ここにいていいのか
ーー子どもの自己肯定感は、褒められた回数だけで育つものではありませんーー。
☆失敗した時にも、関係が壊れなかった経験
★出来なかった時にも、居場所が残っていた経験
ーー子どもの自己肯定感は、こうした積み重ねの中で、育っていきます。
ーー人は、教えられたから、挑戦するのではない。
人は、信じて貰えたから、挑戦する。
認められたから、歩くのではない。
歩き出すまで待って貰えたから、歩けるようになる。
子どもが必要としているのは、正しい答えを知っている大人ではない。
子どもが必要としているのは、上手くいかない時間を一緒に過ごしてくれる大人である。
出来ない時間を、急がずに、待ってくれる大人である。
人生には、誰かに答えを教えて貰えない場面が、幾度もある。
けれど「あの時、一緒にいてくれた人がいた」という記憶は、答えがない時の道を歩く時の灯になるーー。
ー子どもは、教えられた言葉を忘れる。けれど、自分を信じて待ってくれた人のことは忘れないー
人は、自分の価値を自分だけで決める事は、難しいです。
まず最初に、大切な誰かとの関係の中で、自分の価値を知っていきます。
だから子どもは、失敗そのものよりも、失敗した時の大人を覚えていますーー。
☆シュートは、外れるかもしれない
★試合の結果も、忘れるかもしれない
ーーけれどーー
☆泣いている時に、背中をさすってくれたこと
★悔しい気持ちを、受け止めてくれたこと
☆出来なくても、仲間の輪にいられたこと
ーーこうした体験は、心の深い場所に根を張り、残り続けます。
子どもは、教えられた言葉によって成長するわけではありません。
子どもは、自分を受け入れてくれた関係により成長します。
だから、大人に求められるのは、完璧な指導者になる事ではありません。
失敗しても、そこにいてくれる人である事。
何度失敗しても「また、やってみよう」と言える関係である事。
これが、子どもが世界へ挑戦する為の安全基地になります。
ーー子どもを育てるとは、前を歩いて引っ張ることではない。
後ろから、押すことでもない。
隣を、歩くことである。
転んだ時には立ち止まり、泣いた時には耳を傾け、笑った時には一緒に笑う。
そうして流れた時間が、いつの間にか、その子の土台になっていく。
木は、上へ伸びる前に、見えない場所へ根を張る。
人もまた、同じだと思う。
安心という土の中で。信頼という水の中で。受け入れられたという光の中で。
子どもは、育つ。
だから子どもを育てるとは、教えることよりも、一緒にいることである。
そして、その時間こそが、いつかその子が、ひとりで人生を歩くための力になるのだと思うーー。