上下関係は秩序か、それとも思考停止かー日本の縦社会が生む思考の構造ー

 

 

 

 ーー気付けば私達は、見えない階段の上で生きている。

 

 

 年上だから上。

 

 経験があるから上。

 

 役職があるから上。

 

 

 気が付けば私達は、見えない階段の上で生きている。

 

 

 この階段は、誰が作ったのだろう?

 

 そして、この階段は、本当に必要なのだろうか?ーー

 

 

 

 

 

  「何で君は、そんなに教育熱心なの?」

 

  「‥どうしたんだ急に?そんなの決まってるじゃないか。人間が自分より若い者を許さないからだ。」

 

君達が合格できたのは、父親の経済力。そして、母親の狂気10 | 株式会社 かいごのきもち

 

 

  『ジャンケットバンク』真経津と眞鍋先生の会話です。

 

 

 

 

 

 

  ♦日本の縦社会とは、誰かが考え、誰かが従うことで安定する社会である

 

 

 

 私は、子どもの頃から現在に至るまで、日本の「上下関係」が大嫌いです。

 

 

 

  ☆小学生までは仲良くしていた年上が、中学生になった瞬間「敬語を使え」と言ってくる

 

  ★教師に対して、自分の意見を伝えると「言う事が聞けないのか?」と言われる

 

  ☆その人の実績ではなく医師というだけで、何の疑問もなく崇拝している医療関係者

 

 

 

 時代が急速に変化している中にあるにも関わらず、いまだに日本の「上下関係」は、生き続けています。

 

 この構造を、紐解いていきましょう。

 

 

 

 

 

 

  ー年功序列とは、経験を尊ぶ仕組みであると同時に、疑問を持たない訓練でもあるー

 

 

 

 日本社会は、いまだに年齢・経験を軸にした序列(年功序列)が、根深く残っています。

 

 

 日本人は、能力よりも、年齢・在籍年数=上という考えが強いです。

 

 これは、農耕社会の影響とされています。

 

 

 農耕社会の田植えや収穫等には、経験は重要であった為、長く生きている人=智恵があるという価値観が出来上がりました。

 

 

 その名残がーー

 

   ★学校(先輩・後輩、教師・生徒)

 

   ☆会社(先輩・後輩、役職上・役職下)

 

 

 ーー等に、残り続けています。

 

 

 

 

 

 

 ーーこの階段は、誰が作ったのだろう?

 

 そして、この階段は、本当に必要なのだろうか?

 

 

 

 「先生」と呼ぶ時、自分の思考を預けてしまう。

 

 「部長」と呼ぶ時、自分の意見を飲み込んでしまう。

 

 

 争いを作らない為に作られた秩序は、いつの間にか、疑問を持たない習慣に変わっていくーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ー和を重んじる社会は強い。しかし、和を優先し過ぎた社会は、時に疑問を失うー

 

 

 

 日本社会は、所属組織を守る文化(和の文化)で成り立っています。

 

 

 日本は、個人よりも、集団維持を優先する社会です。

 

 この社会では「上下関係」は「秩序維持の装置」として機能します。

 

 

 たとえばーー

 

   ★上に逆らわない

 

   ☆空気を読む

 

   ★違う意見を言わない

 

 

 これはネガティブな面だけではなくーー

 

   ★組織が、崩れにくい

 

   ☆協力しやすい

 

   ★役割が、明確

 

 

 ーー等というポジティブな面もあります。

 

 

 このように考えると「上下関係」は「支配の構造」というよりも「組織安定の構造」なのかもしれません。

 

 

 

 

 

 「老いも若いもかかわらず、人は生きた時間の長さに、根拠のない価値を見出す。挙句、自分では出来もしなかった無理難題に、自分がやらされた無駄な労力を加えて、自分より若い者に押し付ける。」

 

 「授業参観を見てみろ。あれこそ、この世が煉獄である証拠だ。」

 

 

眞鍋瑚太郎先生の魅力大特集】&シヴァリング・ファイア(ジャンケットバンク) | イラレブック

 

 

 「大人は、自分達を棚に上げて、子供に強要する。他の誰よりも聡明で活発な可愛い存在であることを。」

 

 「バカが集まり、隣にいるバカより少しでもバカに見えないようバカな見栄を張る。そんな地獄から、僕は、生徒達を救わなきゃならない。」

 

 

 『ジャンケットバンク』眞鍋先生の言葉です。

 

 

 

 

 

 

  ー権限が上に集中すると、責任だけではなく、思考も上に集中するー

 

 

 

 日本では、権限=責任という考えがあります。

 

 

 仕事で例えるなら、上司が決める代わりに、責任も上司が取る構造です。

 

 

 その為、部下はーー

 

   ★自分で判断しない

 

   ☆上に確認する

 

 

 ーー等という行動になります。

 

 

 これをポジティブに捉えると「責任を背負わなくていい安全装置」が存在する社会と表現する事が出来ます。

 

 

 

 

 

 

 ーー争いを作らない為に作られた秩序は、いつの間にか、疑問を持たない習慣に変わっていく。

 

 

 守られているのか?

 

 縛られているのか?

 

 

 安心を得る代わりに、私達は、何を手放しているのだろう?

 

 

 今日もまた、誰かが上に立ち、誰かが下に立つ。

 

 それが当たり前になった社会の中で、あなたは、どこに立っていますか?ーー

 

 

 

 

 

 

  ー評価が上からしか来ない組織では、人は上を見て働き、仕事そのものを見なくなるー

 

 

 

 日本社会の特徴として、評価が上からしか来ない構造があります。

 

 

 私自身、子どもの頃より私の成績を教師が決める事も、会社員として働いている時に私の給料を上司が決める事にも、大きな違和感がありました。

 

 

 日本の特徴としてーー

 

    ★給料は、上が決める

 

    ☆成績は、上が決める

 

    ★役職は、上が決める

 

 

 ーー等が挙げられます。

 

 

 つまり、日本は評価の流れが、上→下にしかないのです。

 

 

 この為、心理的に、上と違う意見を言う=不利益になります。

 

 ここが、日本の「縦社会」を強くしている核でもあります。

 

 

 

 

 

  ー先生文化とは、尊敬の文化であると同時に、思考の外注文化であるのかもしれないー

 

 

 日本には「先生文化」が、根深く残っています。

 

 

 私自身、子どもの頃より尊敬出来ない教師を先生と呼ぶ事も、教師・医師・弁護士等という役職のみで先生と呼ぶ事にも、大きな違和感を持ち、否、持ち続けています。

 

 

 日本ではーー

 

   ★先生(学校)

 

   ☆部長・社長(会社)

 

   ★先生(医師・弁護士・政治家等)

 

 

 ーー等と役職で、呼びます。

 

 

 

 これは単なる呼称だけではなく「思考停止のスイッチ」になっていると、私は考えています。

 

 先生=正しい人、自分=従う人という無意識が生まれるのです。

 

 

 これを社会学においては「権威への服従構造」と呼びます。

 

 

 

 

 日本の上下関係は「支配の為の構造」というよりも「不安を減らす為の構造」と表現出来るかもしれません。

 

 

 つまりーー

 

    ★自分で決める不安

 

    ☆責任を取る不安

 

    ★孤立する不安

 

 

 これらを減らす代わりにーー

 

 

    ★自由

 

    ☆横の関係

 

    ★個人判断

 

 

 ーー等を犠牲にしている構造です。

 

 

 

 この為、日本は安心は強いが、自由は弱い社会なのです。

 

 これが「上下関係」が、今日も続く答えです。