「信じてほしい。」
ーーずっと言葉が苦手だった男が、何年、否、十数年掛けて、ようやく辿り着いた一言だった。
だから世界中の人々の心に、届いた。
私は、思う。
彼が世界一になったのは、左足のおかげかもしれない。
しかし、世界中から愛されるようになったのは、人として成長したからだと。
内向的だった少年は、外交的な男になったのではない。
内向的なまま、世界中の期待を背負える男になった。
それが、少年が青年になり、大人になるということなのかもしれないーー。
ー人生に必要なのは、負けないことではない。負けた後も、もう1度自分の物語を続けることー
21年間。
アルゼンチン代表のユニフォームを着続けた男が、最後のピッチを後にした。
彼は、涙した。
そして、こう言った。
「今日、何かを語ることは、難しいです。」
私は、この言葉が好きです。
なぜなら、彼は、ずっと言葉が苦手な少年だったから。
彼はーー
☆人前で話す事より、ボールを蹴る事で語ってきた
★自分の気持ちを説明するより、左足で答えを出してきた
ーーでも彼は、少年から青年へ、青年から大人になる中で、少しずつ、言葉で語るようになってきた。
それは、自分を飾る為ではない。誰かを、支える為に。
彼の言葉は、元々饒舌だった男の、言葉ではない。だから、世界中に、響く。
「20年以上に渡って、このユニフォームを着れたことは、誇りでした。」
「苦しい時も1度も、戦うことをやめませんでした。全力を尽くすことを、やめませんでした。」
彼は、勝ち続けたわけではない。
寧ろ、彼とともに20年以上を生きてきた私にとっては、負けている彼の方が、記憶に残っているーー。
彼は、拍手をされ続けてきたわけではない。
寧ろ、彼とともに20年以上を生きてきた私にとっては、批判されている彼の方が、記憶に残っているーー。
ーー彼は、神ではない。
神だったら、ここまで苦しまなかった。
ここまで、遠回りもしなかった。
ここまで、多くの涙を流す事もなかった。
伝説とは、完璧な人が作るものではない。
伝説とは、壊れそうになりながらも、それでも歩み続けた人間が作るもの。
その伝説の名前を、世界中が知っているーー。
ー神には、奇跡は必要ない。だから私は、神ではなく、何度も立ち上がった人を信じるー
「信じてほしい。このグループ(チーム)は、あなたたちを見捨てたりはしない。」
2022年。
カタールワールドカップの初戦に敗れた直後、メッシがアルゼンチン国民に送ったメッセージです。
サッカーとは、時々物語より、残酷です。
アルゼンチンは、初戦で敗れます。
多くの人が「今回も、ダメかもしれない」と思いました。
「信じてほしい。」
それは、神の言葉ではありません。
それは、不安を知る人間の言葉でした。
1人の不安を知る人間の言葉だからこそ、アルゼンチン国民の心に届いたのです。
彼は、その不安を知っていましたーー。
★2016年代表引退を決意した夜を
☆代表では別人と言われ続けた十数年を
★世界中から批判され、自分自身も信じられなかった時間を
ーーそれでも、彼は戻ってきました。何度も、何度も、何度も。
彼は、知っていました。
終わったと思った場所から、物語は再び始まる事を。
ーー少年は、小さかった。
世界の基準では、あまりにも。
医師は「このままでは成長できない」と言った。
少年にとって、サッカーは、夢だった。
しかし、夢には金が掛かり、未来は保証されていなかった。
それでも、少年は、ボールを蹴り続けた。
まだ、誰にも見られていない頃から、ずっとーー。
少年は、ボールと自分の足だけが知っている時間を、積み重ねていった。
やがて、少年は海を渡る。
家族と共に、人生を懸けて。
紙ナプキンに書かれた1枚の約束。
その約束は、1人の選手とチームとの契約ではなく、やがて、サッカーの希望を、否、人生の希望を、世界中の子ども達に届ける扉となるーー。
ー彼が残したのは、世界一という答えではない。何者でもない自分でも、今日から物語を始めていいということー
彼は、ずっと証明し続けてきたーー。
☆小さくても、世界一になれる
★アルゼンチン代表でも、できる
☆失敗しても、また挑戦できる
ーーそして、1度去ったら終わりではない。また戻ることもできる、と。
そして昨日、彼は、ようやく証明する必要がなくなった。
私には、それが美しいと、感じられた。
彼は最後の試合でも、アシストをし、ゴールも決めた。
最後まで、彼は、メッシだった。
彼の涙の中にはーー
☆13歳で、祖国を離れた少年も
★2016年に、代表を離れた男も
☆「信じてほしい」と、願った男も
ーーワールドカップを掲げた、男も、全ていたのだと思う。
人は、何かを手に入れた時に、大人になるのではない。
人は、何かを手に入れた後に、それを手放せるようになった時、少しだけ、大人になる。
彼はーー
☆世界一の選手であることを、手放した
★祖国を背負い続けることを、手放した
☆世界中の子ども達にボールで語ることを、手放した
ーーでも、物語は終わらない。
なぜならーー
☆彼を見て、育った少年がいるから
★彼の左足を、真似している少年がいるから
☆彼のようになりたいと、今日もボールを蹴る少年がいるから
ーーその少年は、まだ何者でもない。誰にも、知られていないかもしれない。
でも、それでいい。
彼も、そうだったから。
小さくて。内向的で。人前で、話すことが苦手で。
私は、彼が残したものはーー
☆ゴールだけ、ではない
★タイトルだけ、でもない
☆記録だけ、でもない
ーーと、思っている。
彼が本当に残したのは、失敗しても、もう1度ボールを要求していい、という事。
何度心が折れても、物語は終わらない、という事。
そして、自分のままでも、誰かの希望になれる、という事。
ーーただ、昨日の自分より、ほんの少しだけ前へ。
もし、まだ人生を諦めきれていないのなら。
それは、まだ物語が終わっていないということ。
もう1度。
ゆっくりでも、いい。
あなたの人生を、あなたの足で、歩いていけばいいーー。
ー彼は、左足でボールを蹴っていた。でも本当に蹴り続けていたのは、自分の、否、世界中の人達の未来だったのかもしれないー
今日も、世界のどこかで、1人の少年が、ボールを蹴っている。
まだ、誰にも見られていない。誰にも、知られていない。
でも、若しかすると、その少年の足から、もう新しい物語が始まっているのかもしれない。
その物語とは、必ずしも、サッカー選手になるという物語だけではない。
彼とともに生きてきた人の誰もが、彼の物語の続きを、描くことが出来る。
彼が残したのは、世界中の子ども達が、もう1度ボールを蹴る理由。
若しかすると、君が蹴っていたのは、ボールではなかったのかもしれない。
君は、その左足で、自分の未来を蹴っていたのかもしれない。
自分の人生を、自分の足元に置く事。
その人生を、誰にも奪われない事。
それが君が、世界中に、届け続けたメッセージなのかもしれない。