拍手が、正しさを作る3ー選んだのか、選ばされたのかー





 ーー善意は、扉を開けたまま、入ってくる。

 あなたの、為。みんなの、為。正しい、ことだから。



 その言葉を、何度も聞いているうちに、私の「嫌だ。」は、わがままになった。

 私の「違う。」は、間違いになった。



 自分の中にあった「私は、こう思う。」は、徐々に消えていった。

 誰も、私を傷つけていない。誰も、私を殴っていない。誰も、私を脅していない。




 ただ「あなたの、為。みんなの、為。これが、正しい。」と、言われ続けただけーー。








  ー「自分で、決めた」と思っていることさえ、1度疑ってみる。そこから、本当の自分の人生が始まるー




 では、どうすればいいのだろう?ーー



  ★空気に、飲み込まれない為に

  ☆善意に、縛られない為に

  

 ーーそして「正しい」という言葉に、自分の思考を奪われない為に。





 私は「自分で、決めること」なのだと、思う。

 他人軸ではなく、自分軸で生きること。




 でも、ここで1つ考えなければいけない事があると、私は、思います。

 「自分軸」とは、本当に「自分」なのだろうか?ーー



    ★親が、そう言った

    ☆教師が、そう教えた

    ★皆が、そうしている



 ーーだから、自分も、そう思っている。

 それを「自分軸」だと、思っていないだろうか?ーー




 良い、学校に行く。良い、会社に入る。

 結婚、する。子どもを、育てる。家を、買う。


 
 これらが、悪い事ではありません。

 寧ろ、どれも素晴らしい事なのかもしれない。



 でも「なぜ、それを望んでいるの?」と聞かれた時、あなたは答えられるでしょうかーー?



   ★「皆が、そうしているから。」

   ☆「そうしないと、恥ずかしいから。」

   ★「周りから、認められるから。」



 ーーもし、そこにしか答えがないのなら、それは「自分軸」ではなく「他人軸」。

 他人から借りてきた、人生なのかもしれない。





 マンチェスター大学の研究でも、若者の自己決定と、心の状態との関係が、示されています。

 「自分軸」を大切にする人は、ストレスや不安が軽減され、メンタルヘルスの状態が向上すると、結論付けられています。









 ーー気がつけば「みんな」が、「正しい」に、なっていた。

 「正しい」が、「間違ってはいけない」に、変わった。



 そして「間違ってはいけない」が、「自分で、考えなくていい。」に、なっている。

 誰かに、道を決められたわけではない。なのに、同じ道を歩いている。



 だから私は、1度だけ、立ち止まりたい。

 みんなが、歩いている場所で。拍手が、聞こえる場所で。正しいと、言われている場所でーー。








  ー空気は、人に命令しない。「自分で、選んだ」と思わせながら、選べるものを減らしていくー




 私は「自分軸」を考えるとき「自由」という言葉より「自分の人生の著者であること」という言葉の方が、しっくりきますーー。



  ★誰かが書いた人生を、演じるのではない

  ☆誰かが決めた正解を、追いかけるのではない

  ★誰かが作った幸せの形に、押し込めるのでもない



 
 ーー自分で、書く。自分で、選ぶ。自分で、引き受ける。

 それが私が考える「自分軸」。





 勿論、自分で決めたからと言って、正しいとは限りません。

 ここが、とても大切だと、思う。


 自分軸とは「私は、正しい。」と、言い切る事ではありません。

 自分軸とは「その選択が間違っていたら、その責任も自分で引き受ける。」という事。





 だから「自分軸」で生きるという事は、実は、とても怖い事なのです。

 他人軸なら、責任を預けることが出来るーー。



    ★「教師に、そう言われたから。」

    ☆「会社が、そう決めたから。」

    ★「皆が、そうしているから。」



 ーー失敗した時「自分の、責任ではない。」と、言える。

 でも、自分で選んだのなら、そうはいかない。




 だから人は、自由を求めながら、同時に自由を怖がるのかもしれない。

 自分で決めるという事は、自分で責任を引き受けるという事だから。



 だから「空気」は、楽なのだと思う。






 「皆が、そうしている。」

 この言葉があれば、自分で考えなくていい。



 「普通は、こうする。」

 この言葉があれば、自分で選ばなくていい。



 「あなたの、為だから。」

 この言葉があれば、相手の人生まで、自分で決めていいような気がする。



 そして「皆の、為だから。」という言葉があれば、自分の意思を「わがまま」と呼ぶことさえ出来てしまう。






 だから空気は、人を支配する時、命令しません。

 選ばせる。


 でも、選べると思わせながら、選択肢そのものを狭くしてくるーー。



   ★「こっちが、普通。」

   ☆「こっちが、正しい。」

   ★「こっちが、皆の為。」



 ーーそうやって、気がつかないうちに「こちら側」を、選ばせる。

 そして、自分で選ばせたと、思わせる。



 これが、空気の1番怖いところなのかもしれない。