夢を見ることができるーグリーズマンが最後に残したゴールー
ーーその夜、コルチョネロス=マットレス職人(アトレティコのサポーター)は、別れの準備をしていた。
伝説を、送り出すために。
クラブ史上最多得点者を、拍手で送るために。
クラブの為に走り続けた天才に、感謝を伝えるために。
数えきれない勝利。
数えきれない歓声。
その背中は、誰もが英雄と呼ぶにふさわしかった。
本来なら、誇りだけを語ればよかった。
栄光だけを、振り返ればよかった。
けれど、彼は、謝った。
「ごめんなさい」
その言葉は、どんなゴールよりも重かったーー。
♦「君には無理だ」と言われた少年が、最後に子どもたちに「夢を見ていい」と伝えた物語
グリーズマンの物語とは「拒絶された少年が、居場所を見つける物語」です。
彼のフットボール人生は、否定から始まります。
フランスの育成組織の入団テストを受けては不合格、受け手は不合格を繰り返します。
その理由はーー
★身長が低い
☆身体が細い
★フィジカルが足りない
ーー後にフランスを世界一に導く男を、彼の故郷フランスは否定します。
もし、この時に彼が諦めていたら、フランスが世界一になる事も、アトレティコがチャンピオンズ決勝に行く事も、そして、私達が「拒絶された少年が、居場所を見つける物語」と、ともに生きる事も出来なかったでしょう。
しかし、彼は、諦めませんでした。
13歳で、言葉もわからないスペインへ渡ります。
フランスでは評価されなかった彼の才能を、スペインのレアル・ソシエダが見出したのです。
「評価されないこと」と「価値がないないこと」は、全くの別物です。
人は時に、目の前の評価によって、自分の可能性を決めてしまいます。
しかし、グリーズマンの「拒絶された少年が、居場所を見つける物語」が教えてくれます。
今いる場所で認められなくても、自分の価値がなくなるわけではないと。
ーー少年の頃、彼の名前を呼ぶクラブはなかった。
可能性よりも、身長の低さが見られた。
努力よりも、足りない部分ばかりを指摘された。
夢を語るたび「難しい」という言葉が返ってきた。
だから、彼は知っている。
人が本当に求めているのは、才能への称賛ではない。結果への拍手でもない。
「あなたは、ここにいていい」という承認なのだと。
やがて彼は、世界の頂点に立った。
歓声は海のように広がり、名前は国境を越えた。
けれど、人生の価値を決めるのは、どれだけ多くの人に知られているかではない。
どれだけ、安心して帰れる場所があるかだ。
どれだけ、自分のままで受け入れてくれる人がいるかだーー。
ー夢は、才能のある子どもが叶えるものではない。夢を見続けることを許された子どもが叶えるものだー
「お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、子ども達をここに連れてきてくれて、ありがとう。おかげで、子ども達は夢を見ることができます。」
グリーズマンの引退セレモニーの時の言葉です。
彼が、何度もフランスの育成組織試験に落ちた時、家族が「諦めなさない」と言っていたら、グリーズマンは存在しませんでした。
それでも、家族は信じ続けました。
フランスからスペインへ、13歳の少年を異国の地へ活かせる決断は、簡単なものではありません。
グリーズマン自身が、家族のおかげで夢を見る事が出来た少年だったのです。
夢とは、子ども1人では叶える事が出来ず、家族に支えられ、夢を見る事を許された子どもが叶える事が出来るものです。
私には、彼が語る夢はサッカー選手になる事ではなく、自分の可能性を信じる事のように聞こえました。
グリーズマンは「僕を観にきてくれて、ありがとう」と言っていません。
主語は、自分ではなく、子ども達なのです。
つまり、彼が見ていたのは、観客席の未来だったのです。
ーーかつて、彼もまたスタンドにいた。
遠いピッチを見つめながら、届かない夢を追いかける一人の少年だった。
スタンドには、かつての彼に似た子どもたちがいる。
身体の小さな子。
足が速くない子。
選ばれなかった子。
自信をなくしている子。
それでも、心のどこかで夢を諦めきれずにいる子。
その子たちの瞳に映る「背番号7」は「特別な才能を持った選ばれた者」ではない。
何度も否定され、何度も扉を閉ざされ、それでも夢を手放さなかった男である。
だから、子どもたちは思う。
もしかしたら、自分にもできるかもしれない。
もしかしたら、まだ誰も見ていない未来が自分にもあるかもしれない。
あの日、スタジアムを去ったのは、一人の伝説だった。
けれど、スタンドのどこかで、新しい夢が生まれていた。
それこそが、グリーズマンが最期に残した最も美しいゴールだったーー。