安心という舟で、子どもは世界へ漕ぎ出していくーアンパンマンミュージアム2ー
ーーばいきんまんとは、子どもの心の奥にある、まだ言葉になれない感情である。
「だめ」と言われる前の、怒り。
「譲ってね」と言われる前の、独占欲。
「優しくね」と言われる前の、壊したい衝動。
子どもは、まだそれらの感情を、整理できない。
だから、子どもは、ばいきんまんを見る。
暴れて、失敗して、嫌がられて、それでもまた現れる姿を。
そして、無意識に知っていく。
こんな感情があってもいいのだとーー。
♦子どもはアンパンマンに安心し、ばいきんまんに自分を見る
子どもは、何故ばいきんまんに惹かれるのでしょうか?
正義の味方であるアンパンマンではなく、騒がしく・失敗ばかりして・怒られる存在に、子どもは惹かれます。
実は、子どもの心の中には「優しくしたい」という気持ちと同じ位「わかってほしい」「独占したい」「壊したい」等という感情が、存在しています。
ばいきんまんは、そのまだ上手く言葉に出来ない感情を、子どもの代わりに生きてくれます。
アンパンマンミュージアムとは、単なる娯楽施設ではなく、子どもが自分の中の自分に、安全に出逢う事が出来る場所なのかもしれません。
ーー世界には、ルールがある。
でも、子どもの心には、はみ出してしまう心もある。
静かにできない日。
「いや」が止まらない日。
譲れない日。
子どもは自分の中に現れるその感情を、まだ言葉にして上手く説明できない。
だから、ばいきんまんを見る。
ばいきんまんは、子どもの代わりに暴れてくれる。
ばいきんまんは、子どもの代わりに失敗してくれる。
ばいきんまんは、子どもの代わりに困った存在になってくれる。
それでも、ばいきんまんは、世界から消えない。
そこに、救いがあるーー。
ー優しさは、人を救う。でも、優しくなれない日を救ってくれるのは、ばいきんまんなのかもしれないー
ばいきんまんとは「社会に適合できない感情の象徴」です。
子どもは、生まれた瞬間から矛盾を抱えています。
☆甘えたい
★独占したい
☆注目されたい
★勝ちたい
ーーでも、優しくもしたいし、誰よりも愛されたい。
子どもは、この両立しない欲求を、まだ整理出来ません。
それなのに、大人は「優しく」「明るく」「皆と仲良くできる」子を求めます。
しかし、子どもの心の中には「優しくない」「明るくない」「皆と仲良くできない」感情も、確かに存在しているのです。
その為、アンパンマンだけでは世界は、成立しないのです。
もし、世界にアンパンマンしかいなければ、子どもはどのように感じるでしょうか?
★怒る自分
☆嫉妬する自分
★失敗する自分
ーーは、世界に存在してはいけない存在ではないのかと、感じてしまいます。
ーーアンパンマンミュージアムで、子どもは歓声を上げながら、実は安心を確認している。
こんな気持ちになっても、存在していいのだと。
大人は、正しさを教える。
でも、子どもが本当に知りたいのは「間違えた時、自分はどうなるのか?」なのかもしれない。
ばいきんまんは、その問いに、いつも身体で答えてくれる。
失敗しても、嫌われても、負けても、ばいきんまんは、必ず戻ってくる。
ばいきんまんは、失敗しても、嫌われても、負けても「それだけで、君の存在が揺らぐことはない」と、教えてくれるーー。
ー子どもが隠した怒りや寂しさを、ばいきんまんは笑いながら空へ放り投げてくれるー
ばいきんまんは、子どもの中、否、社会において禁止されている感情を引き受けます。
しかも、ばいきんまんは、完全悪ではありません。
ばいきんまんはーー
☆寂しがる
★友達が欲しい
☆承認を求める
★時に優しい
ーーばいきんまんは、悪というよりも、未熟さ、そのものに近い存在なのです。
子どもは、そこに自分を見ます。
アンパンマンミュージアムの本質が、ここにあります。
アンパンマンミュージアムの本質は、自分の感情を外側で見る体験にあります。
アンパンマンミュージアムで、子どもは、ばいきんまんを見てーー
★怖がる
☆笑う
★離れる
☆近づく
ーーを繰り返します。
これは単なる遊びではなく「自分の中の混乱を安全圏で扱う練習」になっています。
人は安全な場所がある時にのみ、恐怖に近づけます。
親がいて、周囲は笑っていて、最後にはアンパンマンが来る。
これにより、子どもは安心して悪に触れる事が出来ます。
子どもの発達には「自分の中の攻撃性を統合する過程」が必要です。
子どもの間に、この過程を乗り越えないと、世の中に多数存在する「子ども大人」になってしまいます。
ーーばいきんまんも、また、子どもを守っている。
「いい子」でいようとするほど、怒りは行き場を失い、寂しさは隠れる。
泣きたいのに笑って、嫌なのに頷いて、子どもは少しずつ本当の感情を、心の奥へとしまってしまう。
だから、ばいきんまんが現れる。
子どもの代わりに暴れて、子どもの代わりに怒って、子どもの代わりに嫌われ役になる。
そして、何度失敗しても、何度否定されても、何度怒られても、また空から戻ってくる。
ーーこんな感情があっても、ここにいていいと伝えるかのように。
アンパンマンが、守っているのは世界の安心なのかもしれない。
けれど、ばいきんまんが守っているのは、取りこぼれそうな子どもの心なのかもしれないーー。
アンパンマンミュージアムで、本当に出逢うべき存在は、ばいきんまんなのかもしれません。
それは、子どもに限らず、自分の感情を心の奥に隠す事に慣れた大人にこそ、必要なのかもしれません。