「春は夜桜。夏には星。秋には満月。冬には雪。それで十分酒は美味い。」
「それでも不味いんなら、それは自分自身の何かが病んでいる証拠だ。」
『るろうに剣心』比古清十郎の言葉です。
♦春分は教えてくれる。人生は、何度でもやり直せる構造になっていることを
二十四節季において、3月20日~4月5日頃までを「春分」と呼びます。
ーー春分は今日を教え、秋分は過去を教える。
春分は、これから光が増えていく節目。
だから問いかけてくるのは「これからどう生きるのか」という人生の選択。
一方で秋分は、これから夜が長くなる節目。
だから問いかけてくるのは「これまでどう生きてきたか」という人生の積み重ね。
春分は、前を見る日。
秋分は、後を見る日ーー。
ー秋分はこれまでの自分を示し、春分はこれからの自分を試しているー
構造として整理すると、このように表現する事が出来ます。
☆春分=現在:これからを決める地点
★春分=過去:ここまでを振り返る地点
これは単なる季節としてだけではなく「時間の認識構造」として見る事が出来ます。
「春分」は、昼と夜が等しくなり、そこから昼(活動・未来)が徐々に長くなる転換点です。
構造的にはーー
過去→現在(春分)→未来
ーーという中間地点になります。
一方「秋分」も昼と夜が等しくなりますが、そこから夜(内省・過去)が徐々に長くなる転換点です。
構造的にはーー
未来→現在(秋分)→過去
ーーという振り返り地点になります。
「春分」は、どう生きるかを決める構造。
「秋分」は、どう生きてきたかを確認する構造。
さらに深めるとーー。
「春分」は、まだ評価がされていない意思の地点。
「秋分」は、結果が見えている評価の地点。
この視点で見ると、人の人生も同じ構造である事に、気付きます。
☆若い時→春分構造:可能性中心
★中年以降→秋分構造:結果中心
そして、重要なのが殆どの日本人が「秋分:結果・評価」ばかりを気にして「春分:可能性・意思」を軽視している事です。
「秋分」ばかり見ている社会は評価社会になり「春分」を大切にする社会は挑戦社会になります。
ーー春分は、前を見る日。
秋分は、後を見る日。
春分は可能性を見せ、秋分は意味を教える。
前だけ見ていると、自分が何者なのか、わからなくなる。
後だけ見ていると、自分がどこへ行くのか、わからなくなるーー。
♦日本が秋分型社会であるのは、過去を大切にしているからではない。未来に失敗する余白を与えないからである
日本社会が「秋分型」である理由は、下記の3つです。
①減点評価構造
②上下関係構造
③集団維持構造
ー減点評価とは、人の可能性ではなく、人の傷を数える評価であるー
日本社会は減点評価構造、つまり、過去を見る文化です。
日本は「何が出来るか」よりも「失敗していないか」を見る評価構造が強いです。
☆春分型(未来可能性)→何が出来るかを見る
★秋分型(過去実績)→何をしていないかを見る
たとえばーー
★学歴:どこの大学を出たか
☆資格:何の資格を取ったか
★経歴:どこの会社で働いてきたか
ーーこれらは全部過去の事であり「秋分構造」です。
ー上下関係が強い社会では、人は、成長する前に従い方を覚えるー
日本社会は上下関係構造、つまり、評価が過去で固定される構造です。
たとえばーー
★年功序列
☆先生文化
★肩書重視
ーーこれらは、過去の位置=現在の位置である事を、現しています。
☆春分型社会→現在の能力で、位置が変わる
★秋分型社会→過去の評価で、位置が決まる
日本は、間違いなく「秋分型社会」ですよね。
ー和を重んじる社会とは、違いを出さない努力を続ける社会でもあるー
日本社会は集団維持構造、つまり、挑戦より安定が重視される構造です。
日本は、個人の成功よりも、集団が崩れない事を、優先します。
☆春分型社会:挑戦→失敗許容→成長重視
★秋分型社会:失敗→評価低下→回避重視
だから、自然に、挑戦する人よりも失敗しない人が評価される構造になります。
ーー前だけ見ていると、自分が何者なのか、わからなくなる。
後だけ見ていると、自分がどこへ行くのか、わからなくなる。
だから、人生には、春分が必要。
過去と未来が、ちょうど釣り合う瞬間。
立ち止まって、自分の位置を確かめる日。
今日が春分なら、問いは1つ。
過去で生きるのか?それとも、今日からを基準に生きるのか?ーー
春は、毎年やってきます。
私は、自然が「何度でもやり直せる」と教えてくれているように、感じています。
それにも関わらず、人の社会だけが過去の「秋分」に縛られ続けるとしたら、それは不自然な事です。
過去は変えられません。
否、過去すら変える事が出来ます。
現在という時間の生き方次第で、過去の解釈を変える事が出来るのです。