物語に、人生が追いつく3ー王になる物語の、その先へー





 ーー若しかすると、人生で1番難しいのは、何者かになることではないのかもしれない。

 何者でもない自分を、それでも嫌いにならずに、今日を生きること。




 夢が、叶わなかった朝も。王に、なれなかった夜も。

 誰にも、知られなかった1日も。



 全部、私の人生だった。

 そして今日も、物語にはならない1日を、私は生きている。



 それで、いい。

 否、それこそが、人生なのだと思うーー。








  ー人生で失ってはいけないものは、過去でも、未来でもない。過去と未来に、今日を奪われないことー



 
 「ハクナマタタ」という言葉を、初めて聞いたのは、子どもの時。

 ティモンとプンバが、父と故郷と未来を失ったシンバに教えた、言葉ーー。



    
    ☆悩みなんて、ない

    ★心配することも、ない

    ☆過去を、引きずる必要もない



 ーー「ハクナマタタ」。ティモンとプンバは、上からではなく、横からシンバに、生き方を教えました。




 子どもの頃は、ただの楽しい歌として、観ていました。

 でも、大人になってから思う。「ハクナマタタ」とは、大人っぽい事を言っていたのだ、と。


 人は、大人になる程、過去と未来を、生きるようになりますーー。




   ★あの時、こうしていれば

   ☆あの時、あんな事を言わなければ

   ★もっと、違う選択をしていれば




 ーーそして、まだ来ていない明日、さらには遠い未来の事まで、考えるーー。




   ★仕事は、続くだろうか

   ☆子どもは、ちゃんと育つのだろうか

   ★自分は、このままでいいのだろうか




 ーー大人になると、私達は、気づかぬうちに、今ではない時間を、生きている。

 だから「ハクナマタタ」とは、単純に「悩むな。」という言葉ではないと、思うーー。



   ☆過去を、消すことではない

   ★未来を、考えないことでもない



 ーー過去と未来に、今日を奪われないこと。



 




 ーー人は、過去を乗り超えてから、前に進むのではない。

 過去を抱えたまま、前に進む。



 忘れられない、まま。怖い、まま。

 少し、後悔したまま。



 それでも、朝になる。

 仕事に、行く。ご飯を、食べる。誰かと、笑う。そして、眠る。




 それを「何もなかった、1日」と、呼ばないでほしいーー。








  ー人生は、大きな出来事だけで出来ているのではない。何も起きなかったように見える1日を、何千日も重ねた、その時間で出来ているー




 ティモンとプンバは、シンバに「ハクナマタタ」を、教えました。

 シンバは、救われました。


 けれど、シンバは、永遠に「ハクナマタタ」の世界に、いることは出来なかった。



 シンバは、いつかーー




   ★自分の過去と、向き合わなければならない

   ☆故郷へ、戻らなければならない

   ★父親の死と、向き合わなければならない




 ーー「今日を、生きる。」事と「過去から、逃げない。」事は、矛盾しない。

 寧ろ、人は、その両方を抱えて、生きていきますーー。




   ★忘れることだけでは、生きていけない

   ☆向き合うことだけでも、生きていけない




 ーーだから、人は、少し、忘れて。少し、向き合って。また、今日を生きる。

 人生とは、その繰り返しなのかもしれない。







 ここで、私は『ライオンキング』と『ちいかわ』が、繋がる。

 人生というものは、外から見ると、小さく見える事がある。否、その殆どが、小さな事の繰り返しですーー。




   ★今日も、仕事

   ☆今日も、子どもの送り迎え

   ★今日も、家事




 ーー今日も、同じ道。そして、今日も、同じ1日。

 でも、その1日を生きている本人にとっては、それは決して「何もない、1日」ではない。




   ☆嫌なことが、あった

   ★少しだけ、嬉しいことがあった

   ☆子どもが、笑った




 ーーそれだけで、1日は出来ている。





 昔の物語は「人生の、意味」を、大きく描きました。

 でも、今の私達が生きている現実は、もっと静かで、もっと淡々としていますーー。




   ☆仕事に、行く

   ★間違える。謝る。修正するの繰り返し

   ☆子どもの寝顔を見て、眠る




 ーーそして、また朝になる。

 悪を倒すわけでも、世界を救うわけでもない。何も起きていないように、見える。



 でも、その「何も、起きていない1日」を、私達は、何千日も、繰り返す。

 そして気がついた時には、その何千日の方が、自分の人生になっている。









 ーーその1日は、昨日の自分を抱えたまま、今日の自分が生きた1日だから。

 生きるということは、立ち直ることではなく、また歩き出すこと。



 若しかすると、人生に必要なのは「忘れる、強さ」ではないのかもしれない。

 「忘れられないまま、今日を生きる強さ」なのかもしれないーー。







  ー王になる物語と、今日を生きる物語。その間に、私たちの人生があるー

 


 だから『ちいかわ』の世界に、惹かれるのかもしれないーー。



   ☆食べる

   ★働く

   ☆眠る

   

 ーーそして、また次の日を、迎える。「生きる」という事を、ものすごく小さな単位まで、戻してくれる。





 私は、子どもの頃「いつか、何者かになる。」と、思っていました。

 でも今は「何者かにならなくても、1日は過ぎていく。」ことを、知っている。


 それは、少し寂しい事であり、同時に、少し救われる事でもある。

 


 「何者かにならなければ。」と思っていた頃は、今日という1日にさえ、結果を求めていた。

 でも今は「何も、成し遂げなかった日」にも、ちゃんと1日の人生がある。

 そう、思えるようになった。




 それは、子どもの頃に描いていた、人生とは、少し違う。

 でも今の私には、その小さな人生の方が、ずっと本当の人生に、近く見える。



 


 「ハクナマタタ」

 ティモンとプンバが、教えてくれた言葉。


 そして今、ちいかわ達が、言葉ではなく、その姿で、見せてくれているものーー。




   ☆王になる、物語もある

   ★世界を救う、物語もある




 ーーでも、今日を終える物語もある。誰にも知られない1日を、それでも生きる物語がある。




 そして若しかすると、大人になった私達が、本当に欲しかったのはーー



   ★「何者かになる方法」ではなく

   ☆「何者でもない、自分のまま」



 ーー今日を生きていい、という許可だったのかもしれない。





 だから私は今『ライオンキング』と『ちいかわ』を、少し似た場所に置いている。

 大きな物語の中にいるシンバと、小さな日常の中にいるちいかわ。


 きっと、その間に、私達の人生がある。