発見の真の航海とは、新しい風景を探すことではなく、新しい目を持つことであるー岩手4、いつか戻れなくなる今日を、娘と歩いておくー
ーーいつか今日のことを、忘れる日がくる。
歩いた道も、見上げた空も、何を話したのかも。
きっと、少しずつ薄れていく。
それでも、消えないものがある。
名前のない、記憶。言葉にならなかった、時間。
小さな手を握っていた、あの日の温度。
それは、記憶よりも、もっと深いところで、いつかの君と私の中に、沈んでいくーー。
ー子どもの未来を作るためだけに、旅をするのではない。いつか戻れなくなる今日を、私の人生に残すためにも、旅をするー
けれど、若しかしたら、私は、娘の為だけに旅をしているのではないのかもしれない。
娘に景色を残したいと思いながら、私自身もまた、景色を残している。
娘が大きくなれば、いつか私達は、今のようには、一緒に歩けなくなります。
「パパ。手繋いで。」
そう言って、小さな手を差し出してくる事もなくなります。
その日は、きっと突然やってきます。
だから私は、今しかない時間を、未来の為に保存しているのかもしれない。
写真だけでは残らないものをーー
☆疲れた時の、表情
★知らないものを、見つけた時の声
☆何でもないことで、笑う瞬間
ーーそういうものは、写真には残らない。動画でも、その瞬間を記録しておく事は、難しい。
でも、旅をしていると、景色の中にそういう時間が、積み重なっていきます。
だから、いつか娘が1人で歩いていくようになった時、残るのは、娘の中の景色だけではない。
私の中にも、あの日の景色が、残っていく。
そう考えると、旅は、子どもの未来の為だけに、あるものではないのかもしれません。
親が、子どもと過ごした時間を、自分の人生の中に残しておく為でも、あるのかもしれませんーー。
☆子どもは、成長する
★それは、嬉しいこと
ーーでも、成長するという事は、少しずつ「親と一緒に過ごす時間」が、減っていく事でもあります。
だから私は、急ぎたくない。
今の娘には、今の娘にしか、見えない景色がある。
今の娘には、今の娘にしか、歩けない道がある。
だから私は、その道を、歩いておきたいーー。
☆何かを、教えるためではなく
★何かを、残すためでもなく
ーーただ、二度と戻ってこない時間を、一緒に歩いておく為に。
ーーそして、遠い未来のある日。
知らない街で、知らない空を見上げた時、君の中から、ふいに何かが浮かび上がる。
「どこかで、この景色を知っている。」
その時、君は、まだ知らない。
その景色の片隅に、小さな頃の君と、その手を握って歩いた私が、確かにそこにいたことをーー。
ー残したかったのは、景色だけではなかった。本当に残したかったのは、娘と歩いた二度と戻らない時間だったー
いつか娘が振り返った時、この旅を、覚えているのかは、わかりませんーー。
☆平安の時代へ続く、えさし藤原の郷も
★千年の光を残す、中尊寺金色堂も
☆義経の最期を見つめた、高館も
ーー若しかすると、大人になった娘にとっては、殆ど意味を持たないものかもしれません。
それでも、いい。
覚えていなくても、いい。
親にとって大切だったものが、子どもにとって、大切になる必要はありません。
寧ろ、娘には、娘の人生がある。私が、残した景色をーー
☆私とは、違う意味で受け取ってほしい
★或いは、何も受け取らなくてもいい
ーーただ、あの時、一緒に歩いた。
それだけで、いい。
子どもの人生に親が残せる事は、ほんの少ししかありません。
だからこそ、その「ほんの少し」を、大きくしようとしなくても、いいのかもしれないーー。
☆立派な、教育にしなくていい
★意味のある、体験にしなくていい
☆将来役立つ、経験にしなくていい
ーーただ、一緒にいた時間を、一緒に生きておく。
若しかすると、親が子どもに渡せるものの中で、1番静かなものは、一緒に過ごした時間なのかもしれない。
そして、その時間はーー
☆子どもが、大人になった後も
★親自身が、年齢を重ねた後も
ーーそれぞれの人生の中に、残り続けます。
旅の終わり、娘の手を握りながら、そんな事を思った。
私は、景色を残したいと、思っていた。
でも、本当に残したかったのは、景色ではなかったのかもしれない。
娘と、今しか歩けない時間を、歩くこと。
その時間そのものを、私の人生に、残しておきたかったのかもしれない。