監督進化論3

 「俺だって最初はストライカーになりたかった。誰かのために、チームのために、指導者(オトナ)はいつもそう言った。」

 

 「でも監督、俺は世界一のストライカーになりてぇの。もっと足元とかゴールを奪える戦い方がしたい。俺がやりたいサッカーを試させて下さい。」

 「ダメだ。サッカーは、チームで勝つためのスポーツだぞ。そのために指導者がいる。規律を守らなきゃ試合には出さない。」

 

 「指導者(オトナ)は、みんな咲いていい芽にしか水をあげない。計算できる花以外は、咲くことを許さない。そして、咲く場所すら決めつけられて、気付いた時には皆同じ花になっているんだ。」

 『ブルーロック』愛空の指導者との葛藤を描いた言葉達です。

 

 私も、同じような事を指導者(オトナ)に言われ、試合に出られない事が多々ありました。

 そのようにして、埋もれていった才能が、どれだけあった事でしょう。

 子どもは、大人に対して、言葉という武器を持ち、戦う事は出来ません。つまり、大人が差し伸べる手がなければ、子どもが輝く事は出来ないのです。

 愛空の言葉通り、小学校・中学校・高校と水もろくに貰えず、咲く場所すら決められた花(子ども)に、大学や社会人になり突然「何がやりたいんだ?」と聞いても、やりたい事等あるはずがありません。

 愛空の言葉は、フットボールに限らず、また対象も子どもだけに限らず、全ての人が戒めなければいけないものです。

 

 偶然か必然か『ブルーロック』が掲載されているマガジンから、指導者に恵まれず自らに合わない通常のキックの仕方を強制され、それにより試合に出る事が出来ない少年の物語が始まりました。

 『ブルーロック』が掲載されているマガジンの発行会社講談社と、日本サッカー協会が同じ文京区にある事は、皮肉なものです。

 監督のライセンスを取得するのに、元選手である事や都道府県からの推薦状が必要等、日本サッカー協会も、咲いていい花にしか水をあげようとしていません。

 ナーゲルスマンはプロとしての試合出場はなく、サッリは元銀行員です。

 世界のフットボールに一石を投じるのに、元選手であったり、都道府県からの推薦状を貰う必要はありません。

 それよりも、知的謙遜を持ち、毎日フットボールについて考えを持ち続けている人の方が、有能である可能性が高いです。

 大学を卒業してそのまま教員になった人や、大学を卒業してそのまま医療関係の仕事に就くと、その箱の中の社会しか知る事が出来ず大人子どものような存在となりやすく、首を傾げてしまうような言動が多々見られます。

 監督も同様、サッカーしかやってこなかった人よりも、他の仕事をしてきた人の方が、違う世界観を描く事が出来る可能性が高まります。