親が連れて行った世界が、いつか自分だけの人生になるーユニバーサルスタジオ4ー





 ーー親は、子どもに何を残せるのだろう?

 何かを、買ってあげること。欲しかった物を、手に入れてあげること。



 もちろん、それらも大切なことだと思う。

 けれど、親が子どもに与えられるものは、それだけではない。



 子どもが、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の身体で、感じること。

 それは、誰かから教えてもらった、喜びではない。


 
 それは、自分自身の中から、溢れ出してしまう喜び。

 そういう経験を、子どもに残してあげることなのかもしれないーー。







  ー教えられた喜びは、知識になる。自分経験した喜びは、人生になるー




 週末、ユニバーサルスタジオに、行ってきました。

 ユニバーサルに行くと、娘はまず「キティちゃんに、逢いたい。」と、言います。



 「ハローキティのリボンコレクション」

 そこでは、キティちゃんがーー



   ☆娘の名前を、呼んでくれる

   ★会話を、することができる

   ☆一緒にポーズを考え、写真が撮れる



 ーーこのような双方向的なコミュニケーションがキティちゃんと出来るのは、このリボンコレクションだけです。




 画面の中で見ていた、キティちゃん。

 その存在が、目の前にいるーー。



   ☆自分の名前を、呼んでくれる

   ★自分が話し掛けると、応えてくれる



 ーーそれは、ただ好きなキャラクターを近くで見る事とは、違う。

 娘自身が、その時間の中にいた。



 キティに自分の名前を呼ばれて応答し、自分の言葉で話し、自分の目で見て、自分の心で感じていた。



 写真を撮り終えた後、娘は、何度もジャンプをしていた。

 嬉しそうに、何度も、何度も、キティにバイバイをしていた。



 私は、その姿が、心に残った。

 
 嬉しいという気持ちは、誰かに説明されて、わかるものではない。

 楽しいという感情は、誰かから教えられて、身につくものではない。




 勿論、言葉で教えられる事もある。

 誰かの話を聞いて、想像出来る事もある。


 それでも、自分で経験したからこそ、初めて知る感情があるーー。



  ☆思わず、身体が弾んでしまう程の喜び

  ★何度も、手を振りたくなる程の名残惜しさ

  ☆まだ、帰りたくないと思う程の満たされた時間



 ーーこれらは、娘が、自分自身で経験したからこそ、生まれたものでした。








 ーー憧れは、遠くにあった。

 人形を手に、何度も遊んだ世界。



 けれどあの日、世界は、画面の向こうでも、手の中でもなかった。

 目の前に、あった。



 私の名前を、呼んでくれた。

 私の声に、応えてくれた。



 そして、私は、跳ねた。

 嬉しい、という言葉では、足りなかったのかもしれない。



 何度も、何度も、バイバイをした。

 まだ、終わってほしくなかったからーー。








  ー親の愛情は、子どもの喜びを決めることではない。子ども自身が、喜びを見つけられる世界を、広げることだー




 親は、子どもの為に、時間を作ります。

 仕事をして、家事をして、生活を守りながら、お金を作り、時間を作り、子どもを行きたい場所へ連れて行く。


 その1日は、決して何もせずに手に入った1日ではない。

 けれど、だからといって、親がその1日の価値を決められるわけでもない。




 どれほどお金を掛けたとしても、どれだけ遠くまで連れて行っても、子どもが何を感じるのかは、子ども自身のものだから。

 親が出来るのは、機会を作ること。その先でーー



   ☆何に、心を動かされるのか

   ★何を、好きになるのか

   ☆何に、夢中になるのか



 ーーそれは、子ども自身が、見つけていく。

 だからこそ、娘が自分の経験によって喜んでいる姿を観ると、思う。



 連れてきて良かった、と。

 それは、親の願いが、叶ったからではない。


 親が用意した時間が、娘自身の人生の一部になった瞬間を、観る事が出来たから。








 ーーパパやママが用意してくれた1日が、いつしか、私だけの経験になる。

 連れてきて貰った場所で、私は、自分の世界に出逢う。



 いつか、今日のことを忘れても。

 あの日、私の心が弾んだことまで、なくなるわけではない。



 だってあの喜びは、誰かから貰ったものではなく、私が、自分で出逢ったものだからーー。








  ー親が手渡せるのは、世界への入り口。その世界を、自分の人生に変えていくのは、子ども自身だー




 子どもは、最初から、自分1人で世界に出るわけではないーー。



   ☆誰かに、連れて行って貰う

   ★誰かに、見守って貰う

   ☆誰かに、応えて貰う



 ーーそうした経験を重ねながら、少しずつ、自分の世界を広げていく。

 やがて、自分で選び、自分で決め、自分の足で進んでいく。



 その時、子どもの中に、残っていてほしいものがある。



  ☆自分から一歩踏み出せばーー

   まだ知らない喜びに、出逢えるかもしれないという事


  ★世界にはーー

   自分が、心を動かされるものがあるという事


  ☆自分が感じたことをーー

   自分のものとして、大切にしていいという事




 それは、誰かが代わりに与えてあげられるものではない。

 子ども自身が経験し、自分の中に積み重ねていくものなのだと、思う。





 娘は、いつか今日の事を、忘れるかもしれないーー。



  ★どんな風に、名前を呼んで貰ったのか

  ☆キティちゃんと、何を話したのか

  ★写真を撮った後、何度もジャンプしたことさえ



 ーー細かな記憶は、いつか薄れていくかもしれない。

 それでも、今この瞬間、娘は喜んでいた。




 自分が楽しみにしていた事を、自分で経験した。

 その喜びを、身体いっぱいで、自分で表現した。


 その事実は、変わらない。



 親は、子どもの人生を、代わりに生きる事は出来ない。

 どれほど大切に思っていても、子どもが経験するはずの喜びを、代わりに感じる事も出来ない。


 だからこそ、せめて、娘が、自分の人生を、自分自身の心で喜べるようにーー。



   ☆まだ知らない、世界に出逢い

   ★自分の好きなものを、見つけ

   ☆自分の足で、その先へ進んでいけるように



 ーー親が出来るのは、その為の機会を、少しずつ手渡していく事なのかもしれない。

 そして、その小さな背中が弾む瞬間を、隣で見守る事なのかもしれない。