ーー大人になった私達は。
いつから仮面を外すことよりも、仮面をつけていることを、忘れるようになったのだろう。
誰かになることよりも、自分であることのほうが、難しくなったのだろう。
仮面を外した時、あなたは、誰になるのだろうーー?
ー人は、自分を偽ることに慣れると、いつからか、偽らない人間を許せなくなるー
人は、素顔のままで、本当の事を語れるのだろうか?
三島由紀夫は『仮面の小説』という、小説を書いた。
それは、告白をする為に、仮面を必要とした、人間の物語。
隠す事と、明かす事。
相反するはずの2つが、1つになっている。
考えてみれば、私達も、似たような事を、繰り返しているーー。
★本当の事を言う為に、冗談を言う
☆傷ついた事を伝える為に、笑ってみせる
★受け入れて貰う為に、受け入れられる自分を演じる
ーー仮面をつける事で、初めて、語れる事がある。
今日は、いつもと違う自分になっていい日。
ハロウィンーー。
★好きなキャラクターに、なったり
☆ヒーローに、なったり
★プリンセスに、なったり
ーーいつもとは違う自分になって、笑っている。
誰かになる事が、楽しい。
いつもの自分ではない自分を演じる事が、楽しい。
いつもの自分ではない自分を演じる事が、何故、こんなにも楽しいのだろう?
若しかしたら、そこには、いつもの自分では出来ない事が、あるのかもしれないーー。
★言えなかった、言葉
☆見せられなかった、表情
★期待される自分とは違う、自分
ーー仮面をつける事で、初めて、表に出てくるものがある。
不思議な、事だ。
自分を隠す為につけた仮面が、自分を表す事がある。
では、大人はどうだろう?
大人もまた、仮面をつけているーー。
★親としての、仮面
☆社会人としての、仮面
★誰かの期待に応える為の、仮面
ーーけれど大人の仮面は、子どもがつけるハロウィンの仮面とは、少し違います。
大人の仮面は、外す事が、難しいーー。
★期待に応えれば、信頼される
☆空気を読めば、配慮があるとされる
★本音を飲み込めば、大人と評価される
ーーそうして、仮面をつける事が「正しさ」になっていく。
ーー誰も「仮面を、つけろ。」とは、言わなかった。
ただ、仮面を外した人間が、どう扱われるかを、見せていただけだった。
だから、みんな、自分で選んだと、思っている。
笑顔も。沈黙も。諦めることも。
けれど、それは本当に自分で選んだものなのだろうか?
誰にも拒絶されない自分を、自分の意思だと思い込んでいただけではないだろうか?
今日は、ハロウィン。
子ども達は、今日が終われば仮面を外す。
大人達は、仮面をつけたまま、明日を迎えるーー。
ー正しさとは、ときに、人が自分を失っていく過程に、つけられる名前なのかもしれないー
面白い事に、仮面をつけている人間ほど、仮面をつけていないと、思うようになる。
自分は、本音で話している。
自分は、相手の為に行動している。
自分は、正しい事をしている。
そう、信じる事が出来る。
何故なら、その仮面は、もう顔の一部になっているから。
勿論、仮面をつける事が、悪い事ではない。
自分の全てをさらけ出して、誰かと、生きていく事は出来ませんーー。
☆言わない事が、誰かを守ることがある
★演じる事が、自分を守ることがある
ーー問題は、仮面をつけることではない。
仮面をつけなければ生きられない場所を、当たり前にしてしまう事です。
そして、さらに厄介なのは、その場所を作っているのが、特別な人ではないという事。
それは、私達1人1人が、少しずつ作っているーー。
★余計な事を言わない人を、賢いと呼ぶ
☆異論を唱えない人を、協調性があると呼ぶ
★自分を抑えられる人を、成熟した人と呼ぶ
ーー誰も「仮面を、つけろ。」とは、言っていません。
それでも、誰もが、仮面をつけるようになる。
今日は、ハロウィン。
子ども達は、仮面をつけて、笑っている。
その姿を観て、大人達は、微笑む。
「かわいいね。」と。「楽しそうだね。」と。
けれど、いつか子ども達も、知るのだろう。
仮面をつける事よりも、仮面をつけずにいる事の方が、難しい事をーー。
★本当は嫌なのに、笑う事
☆本当は悲しいのに、平気な振りをする事
★本当は納得していないのに、納得した振りをする事
ーーそれが、大人になるという事なのだろうか?
もし、そうなのだとしたら、私達は、子ども達に、何を教えているのだろう?
仮面をつけて、楽しむ事を教えているのか。
いつか仮面を外せなくなる事を、教えているのか。
今日は、ハロウィン。
いつもの自分とは違う、仮面をつける日ーー。
☆子ども達は、いつもと違う自分になる
★大人達は、いつも通りの自分を演じる
ーー同じ仮面。
なのに、一方は「自由」と呼ばれ、一方は「社会性」と呼ばれる。