「紙の本を読みなよ。電子書籍は、味気ない。本はね、ただ文字を読むんじゃない。自分の感覚を調整するためのツールでもある。」
「調子の悪い時に本の内容が、入ってこないことがある。そういう時は、何が読書の邪魔をしているか考える。調子が悪い時でも、スラスラと内容が入ってくる本もある。なぜ、そうなのか考える。」
「精神的な調律、チューニングみたいなものかな?調律する際、大事なのは、紙に指で触れている感覚や、本をペラペラめくった時、瞬間的に脳の神経を刺激するものだ。」
『PSYCHO-PASSサイコパス』槙島の言葉です。
ーー読書は、ひとつの世界の形を示してくれる。
著者が歩き、つまづき、見つめ直してきた時間が、静かな枠組みとして組み込まれている。
読書とは、その枠組みの中に、そっと自分の過去を置いてみることだと思う。
その時、記憶は、ただの記憶ではなくなる。
その時は意味を持たなかった出来事が、別の角度から光を照らされるーー。
♦読書が変えるのは、子育てへの意味付け
私は、子どもの頃から、読書が好きでした。
振り返れば、昔サッカーの試合に行く時も、現在旅行に行く時にも、いつも読書をする為に、荷物の中に本を入れています。
以前は、未知の世界や思考を知るワクワク感や知的好奇心が満たされる満足感が、好きでした。
しかし、昨今は知識を得る事そのものではなく、本に書いてある事を自分の経験に置き換えて意味づけをする事に、充足感を覚えています。
☆あの時の言葉
★あの時の違和感
☆あの時の沈黙
読書を通じて、これらは「正しさ」でも「失敗」でもなく、1つの構造として浮かび上がってきます。
著者のまなざしを借りる事で、過去は変わらないまま、形を変えます。
そして、この変化には、まだ訪れていない未来を、静かに変えていく力があります。
ーー著者のまなざしの中で、自分の過去を見直すように、子どももまた、親のまなざしの中で世界を見ている。
子どもは、出来事そのものよりも、それをどう受け取られたかが、心に残る。
子どもは、親を見ることで、世界の読み方を覚えていく。
うまくいかない日も、ぶつかる瞬間も、どんな言葉で包まれるかで、記憶の形は変わるーー。
ー出来事は、一瞬で過ぎていく。けれど、その受け止め方は心に残り続けるー
子育てをしていると、目の前の出来事にどう反応するかに、意識が向いてしまいます。
しかし実際には「何が起きたか」以上に「それをどう意味づけたか」の方が、子どもの成長に大きく影響します。
①親が読む・学ぶ・経験を解釈する
親が経験を読書を通じて「出来事の意味付けの枠組み(フレーム)」を持つ
☆失敗=ダメではなく「学習過程」
★問題=ダメではなく「未充足ニーズの表現」
②親のフレームで子育てを再解釈する
子育て中の出来事は、そのままだと感情的になりやすいーー
★反抗=問題行動
☆泣く=困らせる行動
★できない=能力不足
しかし、フレームが入るとーー
☆反抗=自立の試み
★泣く=調整機能の発達過程
☆できない=発達段階の自然な制約
ーー同じ現象が、別の意味になります。
ーー正しさよりも、解釈の仕方。
出来事よりも、そこに置かれる意味。
親が世界を、どう読み直しているか。
その静かな営みが、子どもの中で、世界の読み方になっていく。
親の中で読み直された世界は、やがて子どもの中で、新しい物語として続いていくーー。
ー出来事は1つでも、親の意味付けにより、子どもに届くかたちは変わるー
③親の意味付けが、対応の質を変える
解釈が変わると、行動が変わる
☆叱責中心→調整支援中心
★コントロール→観察と待機
☆評価→対話
→親のフレームが、そのまま家庭内の反応パターンになる
この反応パターンが、よく言われる家庭環境です。
④その環境が、子どものフレームになる
子どもは、言葉より先に「経験のされ方」を学ぶ
★否定される環境→自己否定フレーム
☆理解される環境→自己理解フレーム
★一貫性ある環境→安定したフレーム
→親のフレームが、子どもの認知OSの初期設定になる
ー親の関わりにより、受け取るだけだった世界に、子どもは自分の意味を灯しはじめるー
⑤子ども自身も意味付けする存在へ
子ども自身が出来事に対して、自分なりのフレームを持ち、それを基に感情や行動を選ぶ
☆「自分はダメ」ではなく「今はこういう状態」と捉える
★「世界は怖い」ではなく「状況により違う」と理解出来る
→子育てとは、経験をどう解釈するかを引き継ぐプロセス
親の役割は、子どもに、正しい意味を教える事ではありません。
親の役割は、子どもに、意味付けのプロセスを経験させる事です。
たとえばーー
☆「どう思った?」と問う
★「そういう見方もあるよね」と拡げる
☆「他の考え方はある?」と余白を残す
ーーこうした関わりが、子どもを受け取る側から、創る側へ移行させていきます。
読書とは、知識を増やす為だけのものではありません。
読書とは、子どもが自分の経験をどう捉えていくかという、その土台を静かに広げていく営みでもあるのです。