AIに身体を与えた日、人の正体が見えてきたー身体は、心を運ぶ器ではなかった。心を育てる場所だったー


 
 ーー私たちは、ずっと信じてきた。

 人を人にするものは、頭の中にあるのだと。


 知識。記憶。論理。

 答えを導く力。


 でも、本当にそうなのだろうか?ーー







  ♦世界が、人を作る



 2023年東京大学で、不思議な研究が行われました。

 人間そっくりの見た目をしたロボットに、GPT4(AI)を搭載したのです。


 研究者が「自撮りをして」と話しかけると、ロボットは片手を前に伸ばし、もう片方の手を顔を横に添え、まるで人間のように自撮りのポーズをしました。


 ChatGPTは、言葉を扱うAIです。

 カメラの使い方等、誰も教えていないので、人間のような自撮りの動きが出来るはずがありません。

 それにも関わらず、ロボットは自撮りのポーズを知っていたのです。







 ーー生まれたばかりの赤ちゃんは、何も知らない。


 歩き方も、知らない。言葉も、知らない。

 世界の仕組みも、知らない。


 それでも、小さな手を伸ばす。



 届かない。転ぶ。泣く。

 そして、また挑戦する。


 その小さな失敗の積み重ねが、少しずつ世界との距離を教えていくーー。







  ー人を人にするのは、知識ではない。世界に触れた時間であるー



 私達は、ずっと信じてきました。

 人を人にするものは、頭にあるのだとーー。


   ☆考えるから、人になる

   ★知識があるから、賢くなる

   ☆言葉を操れるから、力を合わせられる


 ーーでも、本当にそうなのでしょうか?




 生まれたばかりの赤ちゃんは、何も知りません。

 それでも、赤ちゃんは、言葉ではなく、身体を使いながら、少しずつ世界を理解していきますーー。



   ☆手を伸ばす→届かない→もう1度試す

   ★立ち上がる→転ぶ→もう1度試す



 ーーその繰り返しの中で「自分の身体」と「世界」との関係を、覚えていきます。




 人の知能は、最初から頭の中で、完成しているのではありません。

 身体を通して世界と出逢う事で、少しずつ作られていくものなのかもしれません。








 ーー痛い。熱い。嬉しい。悲しい。

 身体で感じた記憶が、心の形を作っていく。


 人間は、頭で世界を理解する前に、身体で世界と出逢っている。



 だから、AIに身体を与える研究は、未来のロボットを作る話ではない。

 私たち自身を、もう1度見つめ直す話なのだ。



 知能が、情報を処理するだけのものなら、AIはすでに人間を超えている。

 でも、人間には、まだ数字にできないものがあるーー。







  ー人は、知識により賢くなる。経験により、人になるー



 大人は子どもに対し「人に優しくしようね。」と言います。

 でも、子どもがその言葉の意味を本当に理解するのは、自分の優しさで誰かが笑顔になり「嬉しい」という感情を、身体いっぱいに感じた瞬間です。


 頭で知る事と、身体で知る事は、違うのです。




 東京大学の研究が示しているのは「知能とは、情報処理能力だけではない」という可能性ですーー。


   ☆世界に、触れること

   ★失敗すること

   ☆昨日とは、少し違う自分になること


 ーーそのような経験の中から、自分という存在が、少しずつ形になっていく。








 ーー転んだ時の、痛み。抱きしめられた時の、温かさ。

 失敗した夜の、悔しさ。大切な人を守りたいという、気持ち。


 これらは、データではない。

 人生の中で、刻まれた記憶だ。




 子どもが成長するということは、正解を覚えることではない。

 自分の身体で世界に触れ、心が揺れ、昨日の自分と少しだけ違う自分になっていくことだーー。







  ー世界に触れた記憶が知性を育て、人に触れた記憶が心を育てるー



 ここから、さらに大きな問いが生まれます。

 AIが身体を持ち、世界との相互作用を繰り返し、経験を積み重ねた時、そこに「心」は生まれるのだろうか?


 現在のAIには、人のような感情はありませんーー。

   
   ☆痛みを、感じるわけではない

   ★悲しみを、感じるわけでもない


 ーーただ、人の「心」も、最初から存在していたものではありません。




 赤ちゃんはーー


   ☆愛される

   ★抱きしめられる

   ☆泣けば、反応して貰える


 ーーその経験の積み重ねにより「自分は、存在していい」という感覚を、育てていきます。




 だからこの研究が問いかけているのは「AIは、人間になれるのか?」ではありません。

 「人間とは、何によって人間なのか?」という根源的な、問いです。

 

 
 この続きは、また後程。