人は、幼い頃に見た景色を、大人になって生き始めるー『アオのハコ』を、子どもが観る意味ー




  「やらない後悔よりやった後悔とかいうけどさ、相手のこと無視して自分の気持ち押し付けるようなことしたくないよな。」


  『アオのハコ』大喜の言葉です。





 
  ♦『アオのハコ』が教えてくれた「好き」のその先


 
 物語は、終わる。

 けれど、その物語が本当に終わるのは、最終話ではありません。

 その物語が、私達の日常から消えた日です。



 昨日『アオのハコ』が、連載を終了しました。

 また1つ、5年間私の隣にあった当たり前が、なくなりました。

 私にとって『アオのハコ』は、特別でした。





 娘が初めて夢中になり、最初から最後まで観たアニメだったからです。

 私は、娘に恋愛を教えたかったわけではありません。

 ただ、一緒に物語に夢中になっていました。



 けれど今振り返ると、あの時間は、1つの良質な教育だったようにも感じるーー。



   ☆人を、好きになるとはどういうことか

   ★誰かを、応援するとはどういうことか

   ☆夢を、諦めないとはどういうことか



 --『アオのハコ』は、それらを大きな声で教えません。


 だからこそ、子どもの心に残る作品なのだと、思う。









 ーー教育とは「何を教えるか」ではない。

 「何を見せるのか」だと思う。


 親は、毎日子どもに、たくさんの言葉を届ける。

 「優しくしようね。」「ありがとうを言おうね。」「友達を大切にしようね。」


 
 けれど、人は言葉よりも、風景を覚えている。

 優しい人が、どう笑うのか。悲しい時、人はどう立ち上がるのか。好きな人を、どう応援するのか。


 その風景こそが、その人の人格になる。

 だから物語は、教育になるーー。








  ー大人になれば、人生は競争ではなくなる。最後に問われるのは「誰より優秀だったか」ではなく「誰と人生を歩めたか」であるー



 『アオのハコ』には、悪人がいません。

 だから「刺激が足りない」と言われる事も、あります。


 しかし私は「悪人がいない」という構造に、この作品の本質があると思っています。

 現実の人生は、本当に敵との戦いなのでしょうか?ーー


    ☆社会に出れば

    ★家族になれば

    ☆親になれば


 ーー問われるのは「誰に勝ったか」ではなく「誰と生きられるか」です。








 ーー私は、この物語が教えているのは「勝ち方」ではなく「生き方」であると思う。


 人は、能力だけでは生きていけない。

 誰かに支えられ、誰かを支えながら、生きていく。


 だから人生で本当に育てるべきは才能ではなく「この人と生きていきたい」と思われる人格なのだ。




 この物語が描いているのは「好き」という感情ではない。

 「好き」という感情を、どう生きるかである。


 自分の想いに溺れず、相手の人生を尊重し、自分もまた、自分の人生を誠実に歩いていく。

 その姿は恋愛というよりも、1人の人間が、大人になっていく物語だったーー。






 
  ー人は「愛されたい」と願う子どもから「幸せでいてほしい」と願える大人になっていくー



 この物語には「好きだから、支配する」という発想がありませんーー。


   ☆好きだから、待つ

   ★好きだから、信じる

   ☆好きだから、応援する


 ーー大喜も、千夏も、雛も、相手の人生を尊重しながら、自分の人生も歩いていく。



 誰も「愛=支配」と、考えていない。

 これはとても重要な教育だと、思います。


 今の社会ではーー


   ☆好きだから、連絡して

   ★好きだから、わかって

   ☆好きだから、私を優先して


 ーーそんな条件付きの愛が、当たり前になりやすい。



 しかし『アオのハコ』に流れている愛は、違います。


 愛とは、誰かを自分の人生に引き寄せる事ではありません。

 愛とは、相手がその人自身の人生を、胸を張って歩いていけるよう願う事なのかもしれません。








 ーー子どもの心は、白い紙ではない。

 柔らかな土だ。そこに毎日、1粒ずつ種が落ちていく。



 努力という種。優しさという種。誠実という種。

 それは、すぐには芽を出さない。



 10年後かもしれない。20年後かもしれない。

 ただ人は、幼い頃に見た景色を、大人になって生き始めるーー。








  ー教育とは、知識を教えることではない。子どもの心に「こんな人になりたい」という人を住まわせることだー



 私は、子どもの非認知能力とは「我慢する力」でも「やり抜く力」でもないと思っています。

 
 それは、もっと根底にある。

 それは「人を信じても、大丈夫」という感覚です。



 この感覚は、教えられて育つものではありません。

 この感覚は、毎日の積み重ねの中でしか育ちません。




 『アオのハコ』ではーー



   ★誰かが誰かを裏切る事で、物語は動かない

   ☆誰かが誰かを信じる事で、物語が動く



 ーーだから子どもは、無意識のうちに学んでいきます。



 人は、競争相手である前に、支え合える存在なのだと。






 発達心理学では、人は安心出来る関係性を土台として、世界へ挑戦していく事が知られています。

 愛着理論では、これを「安全基地」と呼びます。


 私は『アオのハコ』を観ながら、娘の中にも少しずつ「安全基地」が増えていくのを感じました。

 家族だけではない。物語の登場人物もまた、子どもの中ではーー


   ☆こんな人に、なりたい

   ★こんな関係を、築きたい


 ーーという内なるモデルになっていきます。



 教育とは、知識だけではなく「心の中に住む人々」を育てる営みでもあります。








 ーー『アオのハコ』は、終わった。

 でも、本当に終わる物語なら、こんなにも寂しくない。


 物語とは、本の中にあるものではない。

 誰かの生き方へ受け継がれた時、初めて、本当の物語になる。




 いつの日か、娘が誰かを励まし、誰かの夢を応援し、誰かを待てる人になった時。

 その優しさの中に、大喜や千夏、雛が、静かに生き続けているのだと思う。


 だから『アオのハコ』は、終わらない。

 物語は、ページの最後では終わらない。人の人生の中で、生き続けるーー。







  ー物語は、読み終えた日に終わるのではない。誰かの生き方になった時、本当の物語になるー



 だから私は、この物語を「恋愛漫画」とは思っていません。

 『アオのハコ』は「愛する力」を育てる物語です。


 勉強は、大人になってからも学べます。

 英語も、数学も、社会も、学び直せます。しかしーー


    ☆人を、信じる力

    ★誰かの、幸せを願える力

    ☆待つ力、譲る力、応援する力


 ーーこれらは、幼い頃に触れた人間関係の積み重ねにより、形作られます。






 5年間の連載は、終了しました。

 けれど本当に物語が終わるのは、最後のページではありませんーー。


   ☆娘が、これから誰かを好きになった時

   ★友達を、応援する時

   ☆夢を追う誰かの隣に、立った時


 ーーその姿の中に、大喜や千夏、雛から受け取った優しが少しでも、息づいているのなら。



 『アオのハコ』は、まだ終わっていません。

 物語とは、読み終えた瞬間に終わるものではない。誰かの生き方の中で、続いていくものだから。