ーー余白は、言葉では受け継がれない。
親の生き方の中で、静かに受け継がれていく。
だから、子どもは、親の背中を見ている。
上手くいかない時、どう向き合うのか?
大切な人と、どう仲直りするのか?
涙を流した後、どう行動するのか?
その姿が「生きる力」となる。
親の余白は子どもの安心になり、子どもの安心は、また次の世代の余白になる。
そうして家族は、目には見えない安心を、世代を超えて育て続けていくーー。
ー親の余白は、子どもの人生となる。そして、その人生は、また誰かの「帰ってこれらる場所」になるー
子どもは、安心を経験した形でしか、次の世代へ安心を手渡す事が出来ません。
だからこそ、親の余白は、一世代だけのものではないのです。
安心を経験して大人になった子どもは、やがて大人になり、親になります。
その時、彼ら彼女らが手渡すのは、正解でも知識でもありません。
彼ら彼女らが手渡すのは「揺れても、壊れない心」ですーー。
☆迷っても、大丈夫
★失敗しても、大丈夫
☆上手くいかなくても、戻ってこられる
ーーこのような「心の帰る場所」を自分の内側に持っている人はーー
☆子どもを、必要以上に急かさない
★子どもを、支配しない
☆子どもの違いを、可能性として受け止める
ーー幼い頃に受けとった安心は、やがて「急がない親」「支配しない親」「待てる親」という在り方になって、次の世代へ受け継がれていきます。
余白とは、教えられるものではありません。
安心の中で育った人だけが、次の世代へ手渡す事の出来る贈り物(ギフト)なのです。
…いくら俺の手応えが良いトスだって、相手(スパイカー)が打ち辛きゃ意味ない…
…及川さんのトスには、全部あった。俺(スパイカー)のレシーブの後の体勢を考慮した高さ、相手ブロックが見えるように程よいネットとの距離。もちろん風も含めて…
…次を最大限考えている。どこにいようと、何人でいようと、変わらない…
…すげえすげえすげえ、やっぱ大王様すげえ…
『ハイキュー』及川徹と日向の物語です。
ー及川徹は、天才ではないー
及川徹は、最強のセッターではありません。
彼は、誰よりも「仲間の最強を発揮させる事が出来る」セッターです。
及川徹は、自分が輝く事よりも、仲間が輝き続けられる景色を、選び続けてきました。
子育ても、同じではないでしょうか?
親が目指すのは、子どもの人生を導く事ではありません。
子どもが、自分の人生を、自分の足で歩けるようになる事です。
ーー夫婦とは、お互いを変える関係ではない。
夫婦とは、お互いが、何度でも帰ってこられる場所になる関係。
そんな場所があるから、揺れても壊れなくなる。
失敗しても、帰る場所があることを、知っている。
そして、その姿を見て育った子どもは、いつか同じように、自分の家族の中に「帰ってこられる場所」を作っていく。
家族は、言葉によって受け継がれるのではない。
安心によって、受け継がれていくーー。
ー夫婦がお互いの「帰ってこられる場所」になる時、子どもは「安心して旅立てる場所」を心の中に持つー
ここからが本当に伝えたい所。
親の余白は、1人の努力だけでは守れませんーー。
★誰でも、揺れる
☆誰でも、疲れる
★誰でも、逃げたくなる
ーーだからこそ、必要なのがパートナーです。
夫婦とは、互いの正しさを競う関係ではありません。
夫婦とは、互いの余白を、守り合う関係ですーー。
☆弱さを見せても、否定されない
★不安を話しても、評価は変わらない
☆意見が違っても、関係そのものは揺らがない
ーーそんな安心出来る関係があるからこそ、人は「揺れても、壊れない」心を維持する事が出来ます。
感情をすぐに誰かへぶつけるのではなく、1度、自分の中で受け止める事が出来ます。
この「受け止める力」が、親の余白であり、子どもの安心を支える土台になります。
これが「親の余白」が、枯れない構造です。
ーー人は、自分が受け取った形の安心でしか、誰かを安心させることができない。
幼い頃に、受け取った眼差し。
失敗しても、責められなかった記憶。
何度でも、帰って来られる場所。
それらは、大人になっても、消えることはない。
形を変えながら、その人の「待てる力」になり「信じる力」になり「見守る力」になっていく。
だから、親が子どもに残すものは、才能でも、知識でもない。
「この世界には、帰って来られる場所がある」
その感覚。
その安心は、ひとりの人生を支え、やがて、また別の誰かを支えていくーー。
ー夫婦が戻ってくる場所がある家で育つことで、子どもは、安心して離れていくことができるー
子どもは、言葉よりも先に、家庭の空気を感じ取っています。
夫婦が互いに戻ってこられる関係であれば、子どもは自然と学びますーー。
☆問題が起きても、関係は終わらない
★自分の感情は、出していいも大丈夫
☆失敗しても、居場所は失われない
ーーこの前提を持って育った子どもは、自分を守る為に過剰に強がる必要がありません。
誰かを責める必要もありません。
安心は、やがて「自分は、このままで大丈夫」という静かな確信になっていきます。
そして、その子が親になった時、今度は自分の子どもへ、安心を手渡していきます。
だから子どもを育てるとは、正解を教える事ではありません。
「帰ってこられる場所がある」という感覚を残す事。
その安心は、1世代で終わるものではなく、静かに、家族の歴史として受け継がれていくのです。