人は、自分が守られた形でしか他者を守れない9ー帰ってこられる場所は、夫婦から始まるー





 ーー余白は、言葉では受け継がれない。

 親の生き方の中で、静かに受け継がれていく。


 だから、子どもは、親の背中を見ている。



 上手くいかない時、どう向き合うのか?

 大切な人と、どう仲直りするのか?

 涙を流した後、どう行動するのか?


 その姿が「生きる力」となる。




 親の余白は子どもの安心になり、子どもの安心は、また次の世代の余白になる。

 そうして家族は、目には見えない安心を、世代を超えて育て続けていくーー。






 

  ー親の余白は、子どもの人生となる。そして、その人生は、また誰かの「帰ってこれらる場所」になるー

 

 

 子どもは、安心を経験した形でしか、次の世代へ安心を手渡す事が出来ません。

 

 だからこそ、親の余白は、一世代だけのものではないのです。


 安心を経験して大人になった子どもは、やがて大人になり、親になります。

 その時、彼ら彼女らが手渡すのは、正解でも知識でもありません。


 

 

 彼ら彼女らが手渡すのは「揺れても、壊れない心」ですーー。



   ☆迷っても、大丈夫

   ★失敗しても、大丈夫

   ☆上手くいかなくても、戻ってこられる



 ーーこのような「心の帰る場所」を自分の内側に持っている人はーー



   ☆子どもを、必要以上に急かさない

   ★子どもを、支配しない

   ☆子どもの違いを、可能性として受け止める



 ーー幼い頃に受けとった安心は、やがて「急がない親」「支配しない親」「待てる親」という在り方になって、次の世代へ受け継がれていきます。



 
 余白とは、教えられるものではありません。

 安心の中で育った人だけが、次の世代へ手渡す事の出来る贈り物(ギフト)なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  …いくら俺の手応えが良いトスだって、相手(スパイカー)が打ち辛きゃ意味ない…

 

  …及川さんのトスには、全部あった。俺(スパイカー)のレシーブの後の体勢を考慮した高さ、相手ブロックが見えるように程よいネットとの距離。もちろん風も含めて…


 

 

才能は開花させるもの、センスは磨くもの。|木村 友輔(キムチ)

 

 

  
  …次を最大限考えている。どこにいようと、何人でいようと、変わらない…

 

  …すげえすげえすげえ、やっぱ大王様すげえ…

 

 

  『ハイキュー』及川徹と日向の物語です。

 

 

 

 


  ー及川徹は、天才ではないー



 及川徹は、最強のセッターではありません。

 彼は、誰よりも「仲間の最強を発揮させる事が出来る」セッターです。



 及川徹は、自分が輝く事よりも、仲間が輝き続けられる景色を、選び続けてきました。

 子育ても、同じではないでしょうか?



 親が目指すのは、子どもの人生を導く事ではありません。

 子どもが、自分の人生を、自分の足で歩けるようになる事です。







 

 ーー夫婦とは、お互いを変える関係ではない。

 夫婦とは、お互いが、何度でも帰ってこられる場所になる関係。


 そんな場所があるから、揺れても壊れなくなる。

 失敗しても、帰る場所があることを、知っている。



 そして、その姿を見て育った子どもは、いつか同じように、自分の家族の中に「帰ってこられる場所」を作っていく。


 家族は、言葉によって受け継がれるのではない。

 安心によって、受け継がれていくーー。



 

 

 

 

  ー夫婦がお互いの「帰ってこられる場所」になる時、子どもは「安心して旅立てる場所」を心の中に持つー

 

 

 

 ここからが本当に伝えたい所。


 親の余白は、1人の努力だけでは守れませんーー。


   ★誰でも、揺れる

   ☆誰でも、疲れる

   ★誰でも、逃げたくなる


 ーーだからこそ、必要なのがパートナーです。




 夫婦とは、互いの正しさを競う関係ではありません。

 夫婦とは、互いの余白を、守り合う関係ですーー。



   ☆弱さを見せても、否定されない

   ★不安を話しても、評価は変わらない

   ☆意見が違っても、関係そのものは揺らがない



 ーーそんな安心出来る関係があるからこそ、人は「揺れても、壊れない」心を維持する事が出来ます。



 
 感情をすぐに誰かへぶつけるのではなく、1度、自分の中で受け止める事が出来ます。

 この「受け止める力」が、親の余白であり、子どもの安心を支える土台になります。


 これが「親の余白」が、枯れない構造です。





 

 ーー人は、自分が受け取った形の安心でしか、誰かを安心させることができない。


 幼い頃に、受け取った眼差し。

 失敗しても、責められなかった記憶。

 何度でも、帰って来られる場所。



 それらは、大人になっても、消えることはない。

 形を変えながら、その人の「待てる力」になり「信じる力」になり「見守る力」になっていく。




 だから、親が子どもに残すものは、才能でも、知識でもない。

 「この世界には、帰って来られる場所がある」

 その感覚。


 その安心は、ひとりの人生を支え、やがて、また別の誰かを支えていくーー。

 

 

 

 

 

 

 

  ー夫婦が戻ってくる場所がある家で育つことで、子どもは、安心して離れていくことができるー

 

 

 子どもは、言葉よりも先に、家庭の空気を感じ取っています。

 

 夫婦が互いに戻ってこられる関係であれば、子どもは自然と学びますーー。

 

 

   ☆問題が起きても、関係は終わらない

 

   ★自分の感情は、出していいも大丈夫

 

   ☆失敗しても、居場所は失われない


 ーーこの前提を持って育った子どもは、自分を守る為に過剰に強がる必要がありません。

 誰かを責める必要もありません。




 安心は、やがて「自分は、このままで大丈夫」という静かな確信になっていきます。

 そして、その子が親になった時、今度は自分の子どもへ、安心を手渡していきます。

 

 

 だから子どもを育てるとは、正解を教える事ではありません。

 「帰ってこられる場所がある」という感覚を残す事。



 その安心は、1世代で終わるものではなく、静かに、家族の歴史として受け継がれていくのです。