机の上には、終わらない書類。
電話の向こうには、不安と苦情。
頭の中には、30人分の生活。
相談を背負い、感情を受け止め、医療を繋ぎ、制度を回し、生活を支える。
役割は多層化し、責任は個人化した。
介護保険法は、ケアマネを中心に据えるだけで、ケアマネを支える構造は用意してこなかった。
有効求人倍率10倍。
これは、人手不足ではない。
ケアマネ1人に背負わせ過ぎた結果が、数字になっただけである。
♦ケアマネが足りないのではない。ケアマネが続けられる構造が足りないのだ
ケアマネが「すぐ辞める」有効求人倍率が10倍にもなっている背景は、単なる人手不足ではありません。
複数の構造要因が、重なった結果です。
1.役割過多構造
ー専門職として配置され、総合職として消費される。これがケアマネ不足の正体ー
ケアマネは、本来「ケアマネジメント」の専門職ですが、実態は違います。
※ケアマネジメント:人の人生に触れ、その人の「こう生きたい」という希望を、社会の中で編み直す営み
★相談員
☆苦情処理係
★家族調整役
☆医療連携窓口
★事業所営業窓口
☆書類作成事務員
ケアマネの実態は、対人調整+制度運用+事務の、三重負荷になっています。
特に施設ケアマネではなく、自宅で生活する人を支える居宅ケアマネは「現場の介護をしないのに最もクレームが集まる」位置になっています。
結果→責任は重いが、裁量権は小さい
→決定権は、家族・医師・事業所・保険者側
責任>権限の、典型構造にケアマネは、置かれているのです。
ー1つの役割に向き合っている時、背後では別の役割が動き続けているー
役割過多構造の問題の本質は、ここ。
役割が「並列」ではなく「同時進行」している事。
ケアマネ以外の医療・福祉職は、役割が分業されています。
★医師→診断
☆相談員→相談
★事務→報酬請求
しかし、ケアマネだけ、相談+医療+制度+調整+書類を、1人で同時処理しなくてはなりません。
これを、1人ではなく、30人~40人を同時進行で。
しかも、仮にこれを1月35人でやった場合においても、ケアマネが請求出来る報酬は、40万円程にしかなりません。
ー役割が増えたのではない。境界が溶けた結果、全てが流れ込んできたのだー
どこまでがケアマネの仕事なの?
役割過多を加速させる最大要因は、境界不在構造です。
※境界不在構造:本来は他領域が担うべき問題が、最終的にケアマネへ流入し続ける状態
★家族の愚痴電話(1時間以上になる事も)
☆事業所クレーム仲裁
★金銭管理相談
☆住宅トラブル
★近隣苦情
本来は、上記のそれぞれにも、その役割を担う人や専門職が、存在します。
★金銭管理→家族・成年後見人・生活保護ケースワーカー
☆医療判断→医師
★近隣問題→家族・行政
しかし、実際は「とりあえず、ケアマネへ」になっているのが現状です。
ー境界のない場所に立たされたケアマネは、自分の輪郭だけを失っていくー
では、境界不在構造が、どのようにケアマネに影響を与えているのか分析してみましょう。
①時間浸食
★電話対応増加
☆訪問時間圧迫
★書類遅延
②精神浸食
★感情労働増大
☆板挟み疲弊
★無力感
③判断浸食
★本来の仕事→ケア設計
☆実際→苦情調整・家族説得
苦情調整や家族調整には、専門性は使えません。
ー支援の輪が広がる程、責任の矢印だけが、ケアマネに集まってくるー
ケアマネの役割だけが増えるが、ケアマネの権限は増えない。
結果、責任だけが残る。
ケアマネに責任だけが残る構造とは、意思決定権は分散しているのに、結果責任だけがケアマネに集中する構造の事です。
ー決められない。だが、責任だけが残るー
責任だけ残ると、人の心理は、どのようになるでしょうか?
★予期不安→これでいいのか?
☆防衛的プラン→サービス過多・会議増大
★判断麻痺→決めきれない・先送り
☆燃え尽き→努力をしても責任しか残らない
この構造が、離職に繋がる事は、明白です。
決定権なし→責任集中→監査不安→心理負荷→防衛業務増大→疲弊→離職
人が、足りないのではない。
人が、残れない。
役割は多層化し、境界は溶け、責任はケアマネ個人に沈殿した。
生活全体を支えるという理念は、いつしか生活全体の責任を背負わせる構造へと変わった。
辞めていくのは、覚悟が足りないからではない。
構造が、続けられない設計になっているからだ。
10倍という数字は、需要の証明では決してない。
制度疲弊を、ケアマネに集中させた結果の数字である。
それでも今日も、誰かの生活を整える者がいる。
誰かの生活を整る事の代わりに、自分の持続可能性を削りながら。