そして、誰もケアマネをやらなくなった12

 

 

 

 机の上には、終わらない書類。

 

 電話の向こうには、不安と苦情。

 

 頭の中には、30人分の生活。

 

 

 

 相談を背負い、感情を受け止め、医療を繋ぎ、制度を回し、生活を支える。

 

 役割は多層化し、責任は個人化した。

 

 

 介護保険法は、ケアマネを中心に据えるだけで、ケアマネを支える構造は用意してこなかった。

 

 

 有効求人倍率10倍。

 

 これは、人手不足ではない。

 

 

 ケアマネ1人に背負わせ過ぎた結果が、数字になっただけである。

 

 

 

 

 

 

  ♦ケアマネが足りないのではない。ケアマネが続けられる構造が足りないのだ

 

 

 

 ケアマネが「すぐ辞める」有効求人倍率が10倍にもなっている背景は、単なる人手不足ではありません。

 

 複数の構造要因が、重なった結果です。

 

 

 

   1.役割過多構造

 

 

  ー専門職として配置され、総合職として消費される。これがケアマネ不足の正体ー

 

 

 ケアマネは、本来「ケアマネジメント」の専門職ですが、実態は違います。

 

 ※ケアマネジメント:人の人生に触れ、その人の「こう生きたい」という希望を、社会の中で編み直す営み

 

 

 

    ★相談員

 

    ☆苦情処理係

 

    ★家族調整役

 

    ☆医療連携窓口

 

    ★事業所営業窓口

 

    ☆書類作成事務員

 

 

 

 ケアマネの実態は、対人調整+制度運用+事務の、三重負荷になっています。

 

 特に施設ケアマネではなく、自宅で生活する人を支える居宅ケアマネは「現場の介護をしないのに最もクレームが集まる」位置になっています。

 

 

    結果→責任は重いが、裁量権は小さい

 

      →決定権は、家族・医師・事業所・保険者側

 

 

 責任>権限の、典型構造にケアマネは、置かれているのです。

 

 

 

 

 

 

  ー1つの役割に向き合っている時、背後では別の役割が動き続けているー

 

 

 役割過多構造の問題の本質は、ここ。

 

 役割が「並列」ではなく「同時進行」している事。

 

 

 ケアマネ以外の医療・福祉職は、役割が分業されています。

 

 

    ★医師→診断

 

    ☆相談員→相談

 

    ★事務→報酬請求

 

 

 しかし、ケアマネだけ、相談+医療+制度+調整+書類を、1人で同時処理しなくてはなりません。

 

 これを、1人ではなく、30人~40人を同時進行で。

 

 

 しかも、仮にこれを1月35人でやった場合においても、ケアマネが請求出来る報酬は、40万円程にしかなりません。

 

 

 

 

 

  ー役割が増えたのではない。境界が溶けた結果、全てが流れ込んできたのだー

 

 

 どこまでがケアマネの仕事なの?

 

 役割過多を加速させる最大要因は、境界不在構造です。

 

 ※境界不在構造:本来は他領域が担うべき問題が、最終的にケアマネへ流入し続ける状態

 

 

 

    ★家族の愚痴電話(1時間以上になる事も)

 

    ☆事業所クレーム仲裁

 

    ★金銭管理相談

 

    ☆住宅トラブル

 

    ★近隣苦情

 

 

 

 本来は、上記のそれぞれにも、その役割を担う人や専門職が、存在します。

 

 

 

    ★金銭管理→家族・成年後見人・生活保護ケースワーカー

 

    ☆医療判断→医師

 

    ★近隣問題→家族・行政

 

 

 しかし、実際は「とりあえず、ケアマネへ」になっているのが現状です。

 

 

 

 

  ー境界のない場所に立たされたケアマネは、自分の輪郭だけを失っていくー

 

 

 では、境界不在構造が、どのようにケアマネに影響を与えているのか分析してみましょう。

 

 

  ①時間浸食

 

   ★電話対応増加

 

   ☆訪問時間圧迫

 

   ★書類遅延

 

 

 

  ②精神浸食

 

   ★感情労働増大

 

   ☆板挟み疲弊

 

   ★無力感

 

 

 

  ③判断浸食

 

   ★本来の仕事→ケア設計

 

   ☆実際→苦情調整・家族説得

 

   苦情調整や家族調整には、専門性は使えません。

 

 

 

 

 

  ー支援の輪が広がる程、責任の矢印だけが、ケアマネに集まってくるー

 

 

 ケアマネの役割だけが増えるが、ケアマネの権限は増えない。

 

 結果、責任だけが残る。

 

 

 ケアマネに責任だけが残る構造とは、意思決定権は分散しているのに、結果責任だけがケアマネに集中する構造の事です。

 

 

  ー決められない。だが、責任だけが残るー

 

 

 

 

 責任だけ残ると、人の心理は、どのようになるでしょうか?

 

 

 

   ★予期不安→これでいいのか?

 

   ☆防衛的プラン→サービス過多・会議増大

 

   ★判断麻痺→決めきれない・先送り

 

   ☆燃え尽き→努力をしても責任しか残らない

 

 

 

 この構造が、離職に繋がる事は、明白です。

 

 

 決定権なし→責任集中→監査不安→心理負荷→防衛業務増大→疲弊→離職

 

 

 

 

 

 

 人が、足りないのではない。

 

 人が、残れない。

 

 

 役割は多層化し、境界は溶け、責任はケアマネ個人に沈殿した。

 

 生活全体を支えるという理念は、いつしか生活全体の責任を背負わせる構造へと変わった。

 

 

 辞めていくのは、覚悟が足りないからではない。

 

 構造が、続けられない設計になっているからだ。

 

 

 10倍という数字は、需要の証明では決してない。

 

 制度疲弊を、ケアマネに集中させた結果の数字である。

 

 

 

 

 それでも今日も、誰かの生活を整える者がいる。

 

 誰かの生活を整る事の代わりに、自分の持続可能性を削りながら。