そして、誰もケアマネをやらなくなった25ー問題が起きた時、積み重ねてきた時間まで失われるー
ーー何も、起きなかった。
だから、誰も知らなかった。
今日も、誰かが何も起こらないように、言葉を選んでいたことを。
何度も確認し、何度も考え、誰かの不安と、誰かの事情の間で、壊れそうなものを支えていたことを。
何も、起きなかった。
それは、何もしなかったということではない。
何かが、起きないようにしていたのだーー。
ー人を疲弊させるのは、悪意だけではない。自分にも非があったかもしれないと、何度も振り返る人が、答えを見つけられないまま、1人で責任を抱え続けることもあるー
悪意のある人から、身を守る。
それは、必要な事です。
けれど、人を疲弊させるものとは、悪意だけなのでしょうか?
昨今、介護の現場においても、カスタマーハラスメントへの対策が、進められるようになってきましたーー。
★暴言や威圧的な、態度
☆理不尽な、要求
★繰り返される、過度なクレーム
ーー働く人を守る為に、こうした行為に対して、組織として対応する事は、大切な事だと思います。
我慢する事だけが、仕事に対する責任ではない。
耐え続ける事を、美徳にする必要もない。
ただ、私は考えてしまう。
カスタマーハラスメントへの対策だけで、ケアマネの心は守れるのか?と。
たとえば、利用者や家族との間で、問題が起きたとします。こちらにもーー
★確認不足が、あった
☆説明が十分でない部分が、あった
ーーだからこそ、事実確認をし、説明をし、嫌な思いをさせてしまった事に対して謝罪をする。
そして、何が問題だったのかを振り返り、改善しようとしていく。
けれど、相手がーー
★納得出来なかった部分を、伝えてくれる事も
☆互いに、何が問題だったのか話し合う事も
★これから、どうしていくのかを一緒に考える事も
ーーないまま、それまで続いていた関係が、終わってしまう。
勿論、相手にも、相手にしかわからない理由があるのだと、思います。
関係を続ける事だけが、正しいわけではありません。
それでも、私は、考えてしまう。
問題が起きた時、私達は、その問題に一緒に向き合う事もなく、関係を終わらせる事しか出来ないのだろうか?と。
ーーけれど、たった1つの問題が起きる。
すると、それまでの時間が問われる。
なぜ、気づけなかったのか?なぜ、防げなかったのか?
もっと、できることがあったのではないか?
その問いに、何度も答えを探す。
自分にも、足りなかったものがあったのかもしれない。
だから、確認する。だから、説明する。だから、謝る。
それでも、何が問題だったのかを、一緒に考えることさえできないまま、関係が終わることがある。
相手には、離れる自由がある。それは、わかっている。
けれど、離れることができる人と、残された問いを抱え続ける人がいる。
相手の中では終わった出来事が、こちらの中では、まだ終わらないーー。
ー誰も悪者にできない出来事が、誰かを追い詰めることもあるー
ケアマネをしていると繰り返される、こうした出来事を、何と呼べばいいのだろう?
ハラスメントと呼ぶには、違うのかもしれない。
誰かを一方的な加害者にする事も、出来ないのかもしれない。
けれど、誰かを悪者に出来ない事と、誰も傷ついていない事は、同じではありません。
ケアマネは、傷ついた理由を、上手く説明出来ない事がありますーー。
★相手を、責めるわけにもいかない
☆自分に非がある事も、わかっている
★でも、何もしなかったわけではない
ーーだからこそ、頭の中で、何度も何度も、その出来事を振り返るーー。
★あの時、もっと丁寧に説明をしていれば
☆もう少し早く、確認していれば
★違う対応をしていれば
ーーどれだけ考えても、変わらない事を、何度も何度も、考えてしまう。
それでも、次の利用者のもとへ、向かう。
いつもと同じように話を聞き、いつもと同じように調整をし、いつもと同じように誰かの生活を支える。
けれど、心の中に残ったものまで、簡単に切り替えられるわけではありません。
間違いを指摘される事が、苦しいのではない。
自分でも、間違っていた部分は、理解している。
だからこそ、何度も振り返り、何度も考え、それでも答えが見つからない。
終わったはずの出来事が、自分の中では、いつまでも終わらない。
そして、自分だけを責め続ければ、いつか、自分自身を支えられなくなる。
ーー今日も、明日も、仕事は続く。
また、誰かの話を聞く。また、誰かの不安を受け止める。
今度は、間違えないように。
今度は、傷つけないように。
そうやって、自分の言葉を疑い、自分の判断を疑い、いつしか、自分自身まで疑い始める。
誰かを、支える仕事なのに。
最後には、自分を支えられなくなるーー。
ー問題が起きたことは、そこにあった努力まで、なかったことにする理由になるのだろうか?ー
人を支える仕事には、目に見える成果だけでは、測れないものがありますーー。
☆問題が起きる前に、確認した時間
★関係が悪くならないように、選んだ言葉
☆相手の事情を理解しようと、何度も考えた時間
ーーそれらは、記録に残らない。
数字にも、表れない。
そして、何も問題が起きなければ、そこに努力があった事さえ気づかれない。
けれど、問題が起きた瞬間、それまでの関りまで、足りなかった事にされてしまう。
私は、そこにケアマネの仕事の難しさがあると、思う。
問題を起こさない為の努力は、問題が起きた瞬間に見えなくなってしまうのだろうかーー?
★人と人が関わる以上、全ての問題を防ぐ事は出来ない
☆どれだけ丁寧に関わっても、意見が合わない事はある
★どれだけ誠実に対応しても、納得して貰えない事はある
ーーそれでも、問題が起きたという結果だけで、それまでの仕事が否定されるのなら。
誰にも気づかれないところで、関係が壊れないように重ねてきた時間は、いったい何だったのだろう?