ちいかわー誰かにならなくても、ここにいるー


 

 ーー小さな身体で、小さな幸せを抱えて、今日を何とか生きていく。

 

 それは、決して大きな成功ではない。

 けれど、それでいいと思える世界が、ここにはある。




 何者かにならなくても。成長し続けなくても。立派じゃなくても。

 泣いたり、笑ったり。食べたり、眠ったり。ときどき頑張って、ときどき休んで。




 そうして今日も、小さなままで生きている。

 もしかすると私たちは、大きな未来を約束される世界より、今日を生きた自分をそのまま受け入れてくれる世界を、どこかで待っていたのかもしれないーー。




 


  ー失敗しても価値を失わないことこそ、本当の自由なのかもしれないー



 何故『ちいかわ』は、これ程までに、人々の心を掴むのでしょうか?

 可愛いから。


 それは、勿論ある。けれど、それだけではないと、思う。

 私は『ちいかわ』の世界が人を惹きつけるのは「何者かにならなくても、生きていていい。」という感覚を、自然に感じさせてくれるからではないかと思っています。




 『ちいかわ』の世界にも、競争はあります。

 仕事があり、報酬があり、能力の違いも、ありますーー。



   ☆資格を取れば、できることが増える

   ★強い者もいれば、弱い者もいる



 ーー『ちいかわ』の世界は、競争のない世界ではありません。それなのに、不思議と息苦しくありません。





 何故でしょうか?

 私は、競争に勝つ事と、そこに存在する価値が、結びついていないからだと、考えていますーー。



   ★強くなければ、ここにいられない

   ☆昨日より、成長しなければならない

   ★誰かより、上に行かなければいけない



 ーーそんな圧力が『ちいかわ』の世界には、ありません。




 勿論、ちいかわやハチワレ、うさぎもーー



   ★生活の為に、仕事を頑張る

   ☆報酬の高い仕事をする為、資格試験に挑戦する

   ★高い報酬を得る為、危険な討伐に挑む



 ーーけれど、競争から少し離れたとしても、その存在まで否定されるわけではない。






 『ちいかわ』の物語の中で、ちいかわだけが資格試験に落ちるエピソードがあります。

 私達、現実社会では、試験に落ちるとーー



    ★自分には、能力がない

    ☆周りより、自分は劣っている

    ★このままでは、ダメだ



 ーー等と、自分の存在そのものを否定してしまいます。




 でも『ちいかわ』の世界では、資格試験に落ちても、ちいかわはちいかわのまま。

 仲間との関係も変わらないし、居場所も変わらない。



 『ちいかわ』の世界は、競争がない世界ではない。

 『ちいかわ』の世界は、競争に負けても、ここにいていい世界。





 そして、深いのがここ。

 「挑戦なんてしなくていい。」という話ではないーー。



   ★資格に、挑戦してもいい

   ☆報酬の高い仕事に、挑戦してもいい

   ★努力して、競争して、勝ちたいと思ってもいい


 
 ーーでも、挑戦に失敗しても、仕事が上手くいかなくても、誰かに負けたとしても、それだけで自分の価値は失われない。

 このバランスこそが、現代を生きる大人に『ちいかわ』が刺さる理由であると、私は考えています。









 ーー生きることは、いつも前に進むことではない。



 ただ今日を終えて、また明日を迎える。

 その繰り返しの中にも、ちゃんと人生はある。



 何者かに、ならなくてもいい。

 大きく、ならなくてもいい。



 小さな世界の中で、小さな幸せを見つけながら「今日も、ここにいる。」

 そう思えることが、もしかしたら、私たちが忘れていた幸せなのかもしれないーー。







 
  ー誰かに、なろうとしなくていい。あなたは、あなたのままで、この世界を生きていけるー



 私達の現実の社会では、いつの間にか人生そのものが競争になってしまう事がありますーー。



   ★どの、学校を出たのか

   ☆どんな、会社で働いているのか

   ★どれくらい、稼いでいるのか



 ーー気が付けば「自分は、何者なのか。」を、他人との比較の中で、考えてしまいます。



 そしてーー



  ★誰かが前に進めば、自分が遅れたように感じる

  ☆誰かが成功すれば、自分が失敗したように感じる



 ーーだから、疲れます。

 でも『ちいかわ』の世界ではーー



   ☆ちいかわは、ちいかわのままでいい

   ★ハチワレは、ハチワレのままでいい

   ☆うさぎは、うさぎのままでいい



 ーー能力も、違う。性格も、違う。得意な事、苦手な事も違う。それでも、一緒にいる。

 誰かが優れているから、隣にいる資格があるわけではない。


 「あなたは、あなたとして、ここにいていい。」

 という感覚が、そこにはある。





 これは、今の時代を生きる人にとって、とても心地のよいものなのかもしれません。

 かつてはーー



 この続きは、また後程。