ーー人生は、最初から道が、決まっているわけではない。
歩いた道が、振り返ったときに、道になっている。
だから、まだ知らない景色を、恐れだけで、閉ざしたくない。
いつか、ずっと遠くまで来た自分が、後ろを振り返った時。
そこには、守ってきたものと、踏み出してきた1歩が、きっと一緒に残っているーー。
ー今の人生を、壊したいのではない。ただ、この人生には続きがあると、確かめたいー
私は、時々思う。
人が挑戦したくなるのは、成功したいからだけではないのではないか、と。
若しかすると、その奥には「まだ自分の知らない、自分が残っている。」という、感覚があるのかもしれないーー。
☆毎日を、普通に生きている
★仕事をして、家族と過ごして、毎日を守っている
☆昨日と同じように今日が来て、今日と同じように明日がくる
ーーそれは、決して悪い事ではない。寧ろ、平穏な毎日程、失って初めて、その価値に気づくという事も、知っている。
けれど、1度でも挑戦を知ってしまった人は、平穏の中にいても、時々、自分に問いかけてしまいます。
「このままで、いいのだろうか?」とーー。
☆今の生活が、不幸だからではない
★今の人生が、間違っているわけではない
ーーただ、1度挑戦する事を知ってしまった人は「まだ、ここが自分の限界ではない。」と、そんな思いが心のどこかに残っていますーー。
☆まだ、試していないこと
★まだ、知らない自分
☆まだ、届くかもしれない場所
ーーそれは、とても厄介な感覚です。
何故なら、それは「今が嫌だ。」という、不満ではないからですーー。
☆今が、幸せでもやってくる
★今に、満足していても消えない
ーー大切なものを手に入れても、尚、心の奥に残る。
だから、再び挑戦したくなる。否、挑戦せざるを得なくなる。
今の人生を、壊したいわけではありません。
ただ「この人生には、まだ続きがあるのではないか。」と、確かめたくなる。
ーー守るものを抱えたまま、夢を手放さない。
家族を想いながらも、自分の人生も生きていく。
その歩みは、若い頃のように、速くはないのかもしれない。
けれど、1歩の重みを知った人にしか、見えない景色がある。
いつか振り返った時「正しかったか、どうか」ではなく「自分で選び、自分の足で歩いてきた。」
そう思えたなら、きっとその1歩が、自分だけの人生を作っていく。
守るものが、ある。
それでも、進みたい。
その矛盾を抱えたまま、今日も、自分の足で、自分の人生を歩いていくーー。
ー大切なものを守りながら、それでも自分の人生を諦めない。その生き方こそが、人生を自分のものにしていくー
そして、年齢を重ねる程、その気持ちとの向き合い方は、複雑になります。若い頃ならーー
☆失敗しても、やり直す時間がある
★何度でも、方向を変えられる
ーーけれど、年齢を重ねる程、失った時間は、戻ってこない事を、知ります。
だからこそ、立ち止まって考える時間が、増える。
守りたいものが増え、背負うものも増えていく。
昔のように、自分の気持ちだけで、道を選ぶ事は出来なくなります。
でも同時に「いつか、やろう。」のいつかは、永遠に訪れない事も、知ります。
若い頃には「まだ時間が、ある。」と、思っていました。
けれど、本当は違っていたのかもしれない。
時間があるから、挑戦するのではない。
時間が有限だからこそ、何に時間を使うのかを、自分で決めなければならない。
人は、人生の途中で、守るべきものが出来ますーー。
☆愛する人が、できる
★子どもが、生まれる
ーー責任が、生まれる。自分1人の未来だけを考えて、道を選ぶ事は出来なくなっていきます。
だから、昔のように、自由に走る事は出来なくなる。
ただ、自由を失ったわけではないとも、思う。
守るものが増えたからこそ、どこへ進むのかを、以前より真剣に選ぶようになっただけなのだ、と。
だから、私はーー
☆守る事と、諦める事を、同じにしたくない
★安定する事と、止まる事を、同じにしたくない
☆責任を持つ事と、夢を捨てる事も、同じにしたくない
ーー守りながら、進めばいい。立ち止まりながら、考えればいい。怖くなったら、戻ればいい。
そして、また歩き出せばいい。
きっと人生には「ここまでで、十分だ。」と思う場所と、「まだ行ってみたい。」と思う場所が、何度も訪れる。
その度に、自分で決めればいい。
どちらを選んでも、人生は続いていく。
だから、正解を探し続ける必要なんてない。否、正解なんて、そもそもない。
迷いながらで、いい。立ち止まって、いい。何度でも、選び直していい。
ただ、自分の人生を、誰かの正解に預けない事。
人生には、まだ知らない自分がいます。
まだ、見た事のない景色が、あります。
知らない自分に出逢う道も、見た事のない景色に出逢う道も、いつだって今日の小さな一歩から始まります。