ーー生き物は、置かれた世界の中で、変わっていく。
優しさの中で育てば、優しさを、学ぶ。
信じて貰えれば、信じることを、覚える。
何度でも挑戦できる場所にいれば、挑戦することが、特別なことではなくなる。
だから子育てをするとき「どんな子にするか」ではなく「どんな世界を、この子に見せていくか」を、考えてみたいーー。
ー命は、育てられたようになるのではない。育った世界を、自分の中に抱えて生きていくー
ギンギツネの研究に、とても興味深いものがあります。
1950年代、ロシアの遺伝学者ドミトリ・ベリャーエフらは、ギンギツネを使った交配研究を、続けました。
交配に選んだ基準は、たった1つ。
人に対して穏やかな、ギンギツネである事ーー。
☆人を、怖がらない
★人に、攻撃的ではない
☆人との関わりに、適応しやすい
ーーそんなギンギツネを、何世代にも渡って、交配し続けました。
すると、不思議な事が、起こりました。
性格だけが、変わったのではありません。
世代を重ねるにつれてーー
☆耳が、垂れる
★顔つきが、幼くなる
☆毛色に、白い斑点が現れる
ーーまるで、犬のような特徴が、現れたのです。
穏やかな性格のギンギツネを選び続けていたら、性格だけではなく、身体の特徴まで、変化していったのです。
ーー子どもは、世界を知らない。
だから最初は、親を通して、世界を見る。
親が怯えていれば、世界は、怖い場所になる。
親が誰かを責めていれば、世界は、敵を探す場所になる。
親が失敗を笑わなければ、失敗は、終わりではなくなる。
親が違いを受け入れれば、世界には、いろんな人がいると、知る。
そして、親が転んでも立ち上がる姿を見て、子どもは、覚えていく。
人生とは、転ばないことではない。転んだ後も、歩き続けられる、と。
世界は、思い通りにはならない。それでも、歩いていける。
そのことを、子どもは、親の言葉ではなく、親の背中から、学んでいくーー。
ー子どもに残るのは「こうしなさい」という言葉より「こう生きてきた」という、親の姿だー
勿論、人間とキツネを、そのまま同じように考える事は、出来ません。
けれど、この研究は、1つの事を、私達に考えさせてくれます。
生き物は、環境との関わりの中で変わっていく、と。
そして、これは子育ても、同じではないでしょうか?
子どもは、親から言われた言葉だけで、育つのではありませんーー。
☆毎日、どんな空気の中にいるのか
★失敗した時、どう扱われるのか
☆泣いた時、どう受けとめられるのか
ーー困った時、すぐに親が答えを用意するのか。それとも「どうしたら、いいと思う?」と、一緒に考えるのか?
そうした小さな経験が、少しずつ、子どもの中に、積みあがっていきます。
ーー子どもは、言葉だけでは育たない。
環境の中で、育っていく。
そしていつか、親が作った世界を離れて、自分で世界を作っていく。
だからこそ、子どもを変えようとする前に、子どものいる環境を、見つめたい。
もしかすると、子どもを育てるということは、子どもだけを育てるという、ことではないのかもしれない。
その子が生きていく世界を、一緒に作っていくことなのかもしれないーー。
ー「世界は、怖くない」と、教えるのではない。「世界は怖くても、自分は大丈夫」を、育てるー
犬にも、人間社会で暮らす為の「社会化期」が、あります。
犬は、生後3~14週頃が「社会化期」と、されています。この「社会化期」においてーー
☆人に、慣れる
★他の犬や他の動物に、慣れる
☆「怖かったけど、大丈夫だった」を、学ぶ
ーー「社会化期」の子犬は、警戒心よりも、好奇心の方が強く、多くの事を柔軟に学習する事が出来ます。
犬はこの時期に、世界は怖い場所ではないと、学びます。
人間の子どもも、きっと同じです。世界は、思い通りにはなりませんーー。
☆嫌な人も、いる
★負けることも、ある
☆傷つくことも、ある
ーーだからといって、親が全てを取り除く必要は、ありません。
大切なのは「怖いものをなくすこと」ではなく「怖いものがあっても、自分は大丈夫だと学ぶこと」ですーー。
☆転んでも、立ち上がれる
★嫌なことがあったら、助けを求められる
☆自分と違う人がいても、大丈夫
ーーそして、自分は、この世界にいていい。
そういう感覚を、子どもの中に、育てていく。
親が選ぶのは、子どもの「結果」だけではありません。
この続きは、また後程。
★負けることも、ある
☆傷つくことも、ある
ーーだからといって、親が全てを取り除く必要は、ありません。
大切なのは「怖いものをなくすこと」ではなく「怖いものがあっても、自分は大丈夫だと学ぶこと」ですーー。
☆転んでも、立ち上がれる
★嫌なことがあったら、助けを求められる
☆自分と違う人がいても、大丈夫
ーーそして、自分は、この世界にいていい。
そういう感覚を、子どもの中に、育てていく。
親が選ぶのは、子どもの「結果」だけではありません。
この続きは、また後程。