ーー大切にされた記憶がある人は、折れない。
心のどこかで知っているから。自分は、大切にされた事がある人間だと。
だから、何度も過ごした非日常の時間とは、その瞬間の楽しさだけではない。
10年後、20年後、その子が人生でつまずいた時に、静かにその子を守る為の時間なのかもしれないーー。
♦守られる事で立ち、動く事で世界を変える。その両方を知った時、人は本当に主役になる
子どもは、与えられた物ではなく、大切にされた記憶で、育ちます。
テーマパークに行く本当の意味は、遊園地に行く事ではありません。
テーマパークに行く本当の意味は、愛情の記憶を作る事です。
子どもの頃に、大切にされた記憶がある人程、自己肯定感が高く、他人を信じる力が育ちます。
テーマパークに行く事で、親が作っているのは、思い出だけではないのです。
テーマパークに行く事で、親が作っているのは「子どもが将来折れない為の心の骨格」なのです。
ーー主役とは、光を浴びる事ではない。
誰かに見つけられた記憶と、自分で踏み出した一歩が、静かに重なった場所に生まれるものだ。
「大丈夫だよ」と差し出された手の中で、子どもは、世界の優しさを知る。
けれどある日、その手を離した瞬間、世界は少しだけ広がり、自分の力で動いた事を知るーー。
ーすでに意味がある世界と、これから意味を作る世界ー
ディズニーランドとユニバーサルスタジオ、どちらも非日常を体験する事が出来る日本を代表するテーマパークですが、その本質は、大きく異なります。
☆ディズニーランド:記憶を守る場所
★ユニバーサルスタジオ:記憶を更新する場所
ディズニーランドは、完成された世界(変わらない価値)です。
ユニバーサルスタジオは、未完成で更新され続ける世界(変わり続ける価値)です。
「主役になれるか」は、子どもの自己認識そのものに直結します。
子どもにとっての主役とは「自分の存在が意味を持っていると感じる状態」の事です。
ーー世界が優しく微笑み「ここにいていい」と包み込む時、子どもは、静かに主役になる。
けれど、もう1つの主役がある。
未完成の世界に足を踏み入れ、その行動により景色を変えながら、自らの輪郭を作っていく主役。
手を伸ばし、選び、失敗し、それでも「できた」と笑う時、子どもの世界は広がり、世界もまたその子に応えるーー。
ー主役とは、選ばれる事ではなく、受け入れられている事であるー
ディズニーランドにおける主役は「自分が物語を動かす存在」ではなく「すでに用意された物語の中で肯定される存在」です。
ディズニー型の主役の構造はーー
☆世界が最初から完成されている
★キャストが子どもに働きかける
☆失敗しても物語が壊れない
ーー子どもは「受け入れらる主役」になります。
子どもの内面で起きる事はーー
☆自分は、ここにいていい
★自分は、歓迎されている
☆自分は、大切にされている
ーー主役=存在が肯定される感覚です。
ディズニー型の主役は、愛着・自己肯定感の形成に繋がります。
ディズニーの本質は、主役になる事ではありません。
ディズニーの本質は、主役である事を思い出す事です。
ディズニー型の主役とは「何かをする前に、すでに愛されている存在」の事を言います。
ーー1つは、すでに完成された世界に、優しく迎え入れられる世界。
1つは、まだ完成されていない世界に、自分の一歩で意味を作っていく世界。
守られながら心を満たしていく体験と、飛び込みながら心を揺さぶられる体験。
どちらも非日常の体験でありながら、子どもに残る記憶の質は、静かに分かれていくーー。
ー動いた瞬間、世界はただの景色から、関係へと変わっていくー
ユニバーサルスタジオにおける主役は「あらかじめ用意された物語に受け入れられる存在」ではなく「自分の行動で世界の意味を変えていく存在」です。
ユニバーサル型の主役の構造はーー
☆世界が完成していない=変化している
★自分で体験に飛び込む
☆自分で行動する事で、様々な感情に出逢う
ーー子どもは「行動する主役」になります。
子どもの内面で起きる事はーー
☆やってみたい
★できた
☆自分で世界を動かした
ーー主役=影響を与えられる感覚です。
ユニバーサル型の主役は、自己効力感(自分は出来る)の形成に繋がります。
ユニバーサルの本質は、用意された主役になる事ではありません。
ユニバーサルの本質は、行動により影響を与える存在になる事です。
ユニバーサル型の主役とは「自分の行動が、世界に意味を生むと知る事」の事を言います。
ーー主役とは、与えられるものではない。
けれど、1人ではなれない。
誰かに受け止められながら、自分で進んだその先にだけ、あるものであるーー。