春は夜桜。夏には星。秋には満月。冬には雪。それで十分酒は美味い。それでも不味いんなら、それは自分自身の何かが病んでいる証拠だ57ー2026年清明ー

 

 

 

  「春は夜桜。夏には星。秋には満月。冬には雪。それで十分酒は美味い。」

 

 

  「それでも不味いんなら、それは自分自身の何かが病んでいる証拠だ。」

 

 

 

 

伊差川糸魚は『今度こそ』ターミネーターキャラとなるか ~るろうに剣心北海道編 第47幕『札幌新撰組哀歌(エレジー) 其ノ十二  恩讐の都と新撰組』感想(ジャンプSQ2022年10月号)~: SPIRIT's Ennui Diary(SPIRITの徒然なる日記 )

 

 

 

  『るろうに剣心』比古清十郎の言葉です。

 

 

 

 

 

 

 

 ーー春になると、子どもは、少し大きくなる。

 

 背が伸びたわけではないのに、昨日より、遠くへ行く。

 

 

 その度に、親は気づく。

 

 あの小さかった手は、もうここにはないと。

 

 

 それは、失われたわけではない。

 

 ただ、今の姿に、静かに塗り替えられただけなのだーー。

 

 

 

 

 

  ♦見えるものが増える時、人は見えないものの意味を知る

 

 

 

 二十四節季において、4月5日~4月19日頃までを「清明(せいめい)」と呼びます。

 

 「清明」の意味は、万物が清らかで生き生きしている状態。

 

 

 「清明」の時期、中国では「清明節」と呼ばれる、家族でお墓参りをする風習があります。

 

 

 これは、ただの供養ではなくーー

 

 

   ☆冬の間に放置された墓を掃除する

 

   ★草を抜く

 

   ☆土を整える

 

 

 ーー死者の場所を、生きている側が整える行為なのです。

 

 

 

 

 

 

 ーー清明節の頃、人は、土に触れ、いない人の事を思い出す。

 

 子育ても、よく似ている。

 

 

 目の前にいるこの子が、かつてのこの子ではないと知る瞬間、人は、少しだけ過去に手を伸ばすーー。

 

 

 

 

 

 

  ー世界が明るくなるほどに、心の中の静けさが浮かび上がるー

 

 

 

 春は「生」の季節です。

 

 ただ「清明」は、少し違います。

 

 

    ☆草木が芽吹く

 

    ★空が澄む

 

    ☆生命が戻る

 

 

 だからこそ、逆に「いない人の存在」が、くっきりと浮かび上がるのです。

 

 

 日本だと、桜の季節と重なります。

 

 

    ☆満開の桜

 

    ★散っていく桜

 

 

 これは、生と死が同時に存在している風景です。

 

 「清明」とは「命が戻る季節に、いない命を思い出す」という、少し切なくて、でも、とても人間らしい時間なのです。

 

 

 

 

 

 

 ーー清明節の頃、人は、土を整えながら、過去に触れる。

 

 子育てでは、土の代わりに、日常を整える。

 

 

 朝ごはんを出し、服を用意し、保育園に送り、何度も名前を呼ぶ。

 

 その繰り返しの中で、確かに何かを育てているのに、同時に、何かが終わっている。

 

 

 子どもは、失った事に、気付かない。

 

 親だけが、それを知っているーー。

 

 

 

 

 

 

  ♦芽吹くたびに思い出す。ここにいない、あの頃を我が子を

 

 

 

 「清明」では、いない存在に、会いに行きます。

 

 実は、子育てでも、同じ事が起きています。

 

 

 

 子どもは、毎日過去の姿を失っているのです。

 

 

   ☆昨日の子どもは、もういない

 

   ★1年前の子どもは、もういない

 

 

 ーーでも、完全に消えたわけではなく、記憶として存在しています。

 

 

 

 記憶として存在しているとはーー

 

 

   ①何かのきっかけで(成長・匂い・写真等)

 

   ②過去の状態が呼び起され

 

   ③今この瞬間に、再体験される

 

 

 ーーという事です。

 

 

 記憶は、過去にあるのではなく、呼び出された今に存在するのです。

 

 

 

 

 

 

 

 ーー子どもは前に進み、親は後ろを振り返る。

 

 同じ時間の中にいながら、見ている方向は、少しだけ違う。

 

 

 だから、人は残そうとする。

 

 写真を撮り、名前を呼び、何気ない1日を、大切な日であると言い聞かせるーー。

 

 

 

 

 

 

  ー記憶とは、過去に置いていくものではない。記憶とは、今に連れてくるものであるー

 

 

 

 子どもの成長を見た時ーー

 

 

   ☆こんなに大きくなったと、感じる

 

   ★同時に、小さかった頃を思い出す

 

 

 ーーこの時、過去の子どもが、今の中に一瞬だけ現れます。

 

 

 

 何故、過去を消えていないと感じるのでしょうか?

 

 

 人はーー

 

 

   ☆連続性:同じ子ども

 

   ★変化:成長している

 

 

 ーーこの2つを、同時に認識しています。

 

 

 だから、同じ人の中に、複数の時間が重なって見えるのです。

 

 記憶とは、過去の保存ではなく、過去を今に呼び戻す力なのです。

 

 

 

 

 

 

 ーー覚えているから大切なのではなく、大切だったから消えずに残る。

 

 

 春は、それを何度も教えてくれる。

 

 

 増えているようで、減っている。

 

 進んでいるようで、終わっている。

 

 

 

 子育てとは、終わり続ける時間の中で、関係だけが続いていくという不思議な営みであるーー。

 

 

 

 

 

 

  ー今抱きしめているのは、今の我が子と、かつての我が子だー

 

 

 

 成長とは「新しい命の獲得」であると同時に「過去の姿の喪失」でもあります。

 

 

 親は、無意識に「清明」と、同じ行動を取ります。

 

 

    ☆写真を撮る

 

    ★動画を残す

 

    ☆思い出を語る

 

 

 ーーこれは、もういない過去に、手を伸ばす行為です。

 

 

 

 子どもにとって残るのは、どれだけ与えられたではありません。

 

 子どもにとって残るのは、どの瞬間で愛を感じたかです。

 

 

 清明が「死者との再接続」であるなら、子育ては「過去の我が子との再接続」です。

 

 

 

 

 

 

 ーーあの頃の声も、仕草も、口癖も、今の自分の中に、ちゃんと残っている。

 

 

 だからきっと大切なのは、何かを失わない事ではない。

 

 きっと大切なのは、何度でも思い出せるように生きる事だと思うーー。