ーー人は、愛されたから強くなるのではない。
弱かった日も、失敗した日も、泣いた日も「そこにいていい」と言われた記憶が、人を強くする。
だから、子どもが親から引き継ぐ一番大きな財産は、知識でも、自信でもない。
「この世界には、帰って来られる場所がある」
その確かな確信であるーー。
♦違いが否定されなった家庭で育った人の自我は、防衛ではなく、対話を選ぶ
ーレジリエンス(回復力)の差とは、強さの差ではない。戻れると知っているかどうかの差だー
私達は、打たれ強い人を見るとーー
★あの人は、ポジティブだから
☆あの人は、メンタルが強いから
★あの人は、根性があるから
ーー等と、思いがちです。
でも、本当にそうなのでしょうか?
心理学では、人が失敗や挫折から立ち直る力を「レジリエンス(回復力)」と呼びます。
ただ、この「レジリエンス」は、遺伝だけで決まるものではありません。
「レジリエンス」は、人との関わりの中で「失敗しても、戻れる」という経験を積み重ねる事で、育まれていく力なのです。
ーー生まれたばかりの子どもは、何も証明しようとしない。
泣き、笑い、眠り、また泣く。
そこには良い子も、悪い子もない。
ただ「生きている」があるだけだった。
けれど人は成長するにつれて、少しずつ世界を学ぶ。
間違えてはいけない。嫌われてはいけない。期待に応えなければいけない。
そのたびに「そのままの自分」でいることよりも、傷つかずに生きる方法を覚えていく。
それが防衛であるーー。
ー失敗しても居場所が消えないという経験の積み重ねが、大人になってからのレジリエンス(回復力)となるー
「失敗しても、戻れる」という前提認知を作るのは、0~6歳までの非認知能力の臨界期の時期です。
この時期に子どもは、知識よりも先に「世界は、どんな場所なのか」を学びます。
たとえばーー
☆失敗しても、関係が切れなかった
★泣いても、受け入れられた
☆分からなくても、居場所があった
ーーこうした経験は「感情が揺れても、自分には戻れる場所がある」という世界の前提を作ります。
この世界の前提が出来ると、人は失敗しても挑戦をやめなくなります。
何故なら「失敗しても、戻れる」と知っているからです。
一方でーー
★失敗したら、怒られた
☆泣くと、止められた
★分からないと、居場所がなかった
ーーこんな経験を積み重ねると「失敗=関係の終わり」という世界の前提が、心に刻まれます。
そのとき人は、失敗そのものではなく「存在を失う事」を恐れるようになります。
ーー人は弱いから、防衛するのではない。
生きるために、防衛する。
だから、怒る人も、責める人も、人を遠ざける人も、心のどこかで「これ以上、傷ついたら生きていけない」と信じている。
その願いが、知らず知らずのうちに、防衛を選ばせている。
もし幼い日に、失敗しても抱きしめてもらえていたのなら。
もし幼い日に、泣いても待ってもらえていたのなら。
もし幼い日に、違っていても愛されていたのなら。
防衛より先に、対話を覚えたのかもしれないーー。
ー安心を知らない心は、防衛を覚える。安心を知る心は、対話を覚えるー
だから大人になっても、怒りやすい人・他人を責め続ける人を、単純に性格だけで説明する事は出来ません。
自分の安全が脅かされていると感じる人程「責められる前に、責める」という防衛が働きます。
これを心理学では「防衛機制」と呼びますーー。
★失敗を認めると、自己が壊れる
☆認められないと、自分が消える
ーー失敗を認める事が「自分が壊れる事」と結び付いているのです。
怒りやすい・他責とは、強さではありません。弱さでもありません。
安全な場所を持つ事が出来なかった人が、生き延びる為に身に着けた生存戦略なのです。
「及川さん、いつまでリオですか!宿どこですか!連絡先教えてください!」
「落ちつけ落ちつけ。一週間くらい遠征で、この近くに泊ってるよ。」
「またここで、バレーやりましょう!及川さんのすごいトス打ちたいです!」
…うう‥何だろう久々なこの感じ、潤う…
「まあ時間があったら?あった上で?気が向いたらやってあげなくもない的な?」
「アザース!!」

『ハイキュー』及川徹と日向の物語です。
ー教える人は、多い。挑戦し続けられる空気を作れる人は、少ないー
ビーチバレーで何度失敗しても、日向は委縮しませんーー。
☆出来なければ、聞く
★試す
☆また失敗する。もう1度やる
ーーその姿には「失敗しても、終わらない」という世界の前提があります。
だから日向は、挑戦を続けられるのです。
そして及川徹も、失敗した日向を、否定しません。
教え、受け止め、必要な事だけ伝え、自らも試し、失敗し、もう1度やる。
技術ではなく、及川徹は、日向が安心して失敗出来る関係を作っているのです。
♦子育てとは、子どもを育てる行為ではなく、この世界は安全だという前提を、次の世代に手渡す営みである
ー子どもは親の言葉ではなく、親が立っている世界の前提を引き継いで育つー
子育てとは、子どもを親の思い通りに育てる事ではありません。
勉強を教える事でもありません。世界にはーー
☆失敗しても、帰れる場所がある
★泣いても、受け止めてもらえる
☆意見が違っても、関係は続いていく
ーー子育てとは、そんな世界の前提を、親自身の姿で伝えていく営みです。
子どもは、親の言葉を覚える前に、親が「世界をどう見ているのか」を受け継ぎます。
だから子どもに本当に伝わるのは「大丈夫だよ」という言葉ではなく、親自身が本当に大丈夫だと信じている姿なのです。
ーー子育てとは、正しい人間を育てることではない。
この世界には、帰って来られる場所があると、子どもの心に残してあげることだ。
その記憶は、いつか親の手を離れたあとも、人生という長い旅の中で、何度もその子を救うだろう。
そして、その子もまた、誰かの帰る場所になっていく。
安心は、受け継がれる。
愛情とは、形ではない。
「ここにいていい。」
この感覚が、世代を超えて受け継がれていくことなのだーー。
ー人は、帰る場所があるから前へ進める。子育てとは、その帰る場所を子どもの中に作る営みであるー
泣く事も、怒る事も、悔しがる事も、子どもにとっては、大切な営みです。
必要なのは、感情を消す事ではありません。
感情から戻ってくる道を、一緒に覚えていく事です。
親が感情に飲み込まれず「怒った。でも関係は変わらない」と示せた時、子どもは初めて「揺れても、戻れる」という人生最大の安心を手にします。
そして、その安心は、やがて誰かを支える力へと受け継がれていきます。
「失敗しても、またここへ戻っておいで」という世界への信頼を。