人は、自分が守られた形でしか他者を守れない7ー子どもは、親の余白の中で育つー




 

  ♦親の余白が、子どもの人生を育てる

 



 私は、子どもの成長を左右するものは「親の正しさ」ではなく「親の余白」であると考えています。

 ここでいう余白とは、時間や気力の事ではありません。怒らない事でもありません。



 余白とは「自分が揺れても、安心して戻ってこられる心の居場所」ですーー。


    ☆不安になったとしても

    ★腹が立ったとしても

    ☆焦ったとしても


 ーーその感情を子どもへ返さず、1度自分の中で抱えられる力。


 これが余白です。







 ーー親は、子どもの未来を作ることはできない。

 親ができるのは、未来へ向かう心の土台を守ることだけである。


 その土台の名を、私は「余白」と呼ぶ。

 「余白」とは、何もない空間のことではない。



 泣き声を急いで、消さないこと。失敗を急いで、正さないこと。答えを急いで、与えないこと。

 子どもが、自分の力で帰ってこられるまで待てる、大人の静かな強さであるーー。







  ー人は、安心できる場所があるから挑戦できる。親の余白とは、その安心を子どもに手渡すことであるー



 自己肯定感には、2つの土台があります。

 2つの土台とは「不安」と「安全」です。




 自己肯定感が「不安」の上に成り立っている親の場合ーー


   ★子どもの感情を、自分への否定として受け取る

   ☆「怒らない」「泣かない」と、子どもの感情を修正する

   ★親の役割は「間違わせない」事だと思っている


 ーーすると子どもは、親の顔色を見て、正解を探すようになります。


 親子関係は、少しずつ「支配ー従属」に、近づいていきます。





 自己肯定感が「安全」の上に成り立っている親の場合ーー


   ☆子どもの感情に、自分が飲み込まれない

   ★泣く事も怒る事も、成長の一部として受け止める

   ☆親の役割は「子どもの歩みに寄り添う」事だと思っている


 ーーだから子どもは、安心して泣ける。安心して怒れる。安心して失敗出来る。


 親子関係は「安心を土台とした信頼関係」に、なっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「でもさ、ビーチの癖ついたら大変じゃない?オーバーも砂も。硬い床が怖くなっちゃわない?」

 

  「なっちゃいます!だから、インドアのジュニアチームにも混ぜてもらってます!」

 

  「チッぬかりねえな。」

 

 

 

  「‥そこそこレベル上げたのに、それを一回横に置いて、またレベル1から始めるって辛くないかい?」

 

 

日向は強い子やなー だから応援したくなる | 沼にハマった大人 さんのマンガ | ツイコミ(仮)

 

 

 

  「‥!んー‥でも、レベル上げ好きです。」

 

  「できるようになるの、何回でも楽しいです。」

 

 

  『ハイキュー』及川徹と日向の物語です。



 

 

 


  ー昨日の敗者達。今日のお前は何者だ?ー



 及川徹が、日向に尋ねます。

 「‥そこそこレベル上げたのに、それを一回横に置いて、またレベル1から始めるって辛くないかい?」


 日向は、答えます。

 「‥!んー‥でも、レベル上げ好きです。」「できるようになるの、何回でも楽しいです。」




 この言葉には、非認知能力の本質があります。

 人は、失敗を「自分の価値が下がる」事だと思うと、挑戦出来ません。

 一方で、失敗を「出来るようになる途中」と思える人は、何度でも挑戦出来ます。



 非認知能力とは、失敗しない力の事ではありません。

 非認知能力の本質とは、失敗しても、自分の価値は変わらないと信じられる力。


 そして、その力は「頑張れ」という言葉ではなく「失敗しても大丈夫」という安心の中で、育っていきます。




 




 ーー子どもは、親の言葉を覚えて、大きくなるのではない。

 親の眼差しを見て、大きくなる


 「失敗しても大丈夫。」「泣いても、ここにいていい。」「できなくても、あなたの価値は変わらない。」

 その言葉を聞いたからではない。その空気の中で、生きてきたから。




 だから、完璧な親になる必要はない。

 子どもの前で、揺らがない親になる必要もない。


 ただ、揺れながらも自分の心に帰ってこられる大人であればいいーー。

 
 

 

 

 

 

  ー子どもは、安心できるから挑戦する。挑戦するから、学ぶ。そして、その積み重ねが非認知能力になるー



 子どもの脳は「防衛」か「探索」かで生きています。


 余白のない親の傍では、子どもの脳は「防衛モード」になりますーー


    ★親の顔色を見る

    ☆正解を探す

    ★失敗を恐れる


 一方、余白のある親の傍では、子どもの脳は「探索モード」になりますーー


    ☆試してみる

    ★失敗する

    ☆感情を出す


 ーーそして、自分で考える。

 学びは「安心」の上でしか深まらないのです。







 ーー親が帰ってこられる場所を持つ時、子どももまた、自分の人生へ、何度でも帰ってこられる人になる。


 非認知能力とは、才能ではない。

 教育方法でもない。


 「この世界には、帰ってこられる場所がある。」

 その感覚が、ゆっくりと形になったものであるーー。

 

 

 

 

 


  ー子どもは未来へ進む力よりも、揺れた時に自分の心へ帰ってこられる力を持った時、本当の意味で強くなるー



 子どもは、親の言葉だけで、育つのではありません。

 親の心の余白の中で、育ちます。


 だから目指すのは、完璧な親ではありません。子どもを失敗させない親でもありません。

 目指すのは「揺れても、自分の心に戻ってこられる親」です。


 
 その親の姿を見ながら、子どもは少しずつ「失敗しても大丈夫」「自分は大丈夫」という感覚を、自分の中に育てていきます。

 そして、その安心感こそが、非認知能力の土台となります。


 次回は、この「余白」が、夫婦間系の中でどのように育まれ、子どもへ伝わっていくのかを考えてみたいと思います。