人は、自分が守られた形でしか他者を守れない15ー30年後、その子が親になった時、幼い日に受け取った世界が姿を現すー





 ーーそんな世界で育ったあなたが、いつか誰かの親になった時。

 子どもの中にある、まだ名前のない可能性を信じてあげられますように。



 あなたが受け取った安心が、あなたの子どもへ。

 あなたが知った自由が、その子の未来へ。




 そして、その子が大人になった時、また誰かへ。

 教育とは、子育てとは、今日の子どもを育てることだけではない。



 まだ出逢っていない、未来の誰かを、大切にできる人を育てることなのかもしれないーー。






 

  ♦ここにいていい、から始まる人生

 

 

 

 

 多様性が当たり前の環境で育った子どもは「認められるために頑張る」のではなく「ここにいていい」から、人生を始める。

 

 そこで育つ自己肯定感は、褒められた時だけ育つものでも、否定された時に壊れるものでもない。

 

 

 違いを恐れる事も、比べる事も、自分を守るために誰かを下げる必要もない。

 

 これが多様性が当たり前の環境の中で育つ「質の違う自己肯定感」。

 

 

 これから綴るのは、そんな物語。

 

 

 

 

 

  ー自分を認めてもらう為に生きるのではなく、自分を認めてくれた世界から、誰かを認める人生が始まるー

 

 

 

 非認知能力の臨界期にある0~6歳の間に「多様性耐性が自然に身につく環境」で育ち「質の違う自己肯定感」を獲得した子どもが、その経験・能力、否、前提認知を本当に発揮するようになるのは、実は20~30年後です。



 認められる為に、頑張る人生。

 認められている場所から、始まる人生。


 その違いは、幼い頃には、殆ど見えない。けれどーー



  ☆いつか、自分が親になった時

  ★自分の子どもが、失敗した時

  ☆子どもが、自分とは違う意見を持った時



 その瞬間に、幼い頃に受け取った世界が、静かに姿を現します。

 そして、
その力を最も発揮する場所は、学校や会社ではなく、家庭です。

 

 

 

 

 

 世界には、2つの教育があります。

 

 

 1つは、正解を探す教育。

 

 もう1つは、世界を探す教育。

 

 

 勿論、正解を知る事も、大切です。

 けれど、正解を探す事だけが教育になってしまうと、子どもは間違えない事、失敗しない事を優先するようになってしまうーー。



   ★周りと、比較する

   ☆周りに、合わせる

   ★自分の意見を、飲み込む



 ーーそれが、失敗しない為に、間違わない為に、自分の気持ちを押し殺す生き方に、繋がってしまう事もある。



 


 心理学の自己決定理論では、人が自分の人生を主体的に生きる為には、自律性や有能感、他者との繋がりが、重要であると考えられているーー。



  ☆子どもが、自分で考える

  ★子どもが、自分で選ぶ

  ☆子どもが、自分の選択の結果と向き合う



 ーーその経験の積み重ねが、少しずつ、自分の人生を生きる力になっていく。



 答えを知る事と、答えのない世界を、自分の足で歩いていく事。

 その両方が、子どもの未来を、支えていくのだと思う。






 

 ーー子どもが、自分と違う誰かと出逢った時。

 その違いを遠ざける理由ではなく、知ろうとするきっかけにすることができるのなら。




 自分が受け入れられた記憶は、誰かを受け入れる力になる。

 自分の可能性を信じて貰った記憶は、誰かの可能性を信じる力になる。




 そして、いつか親になった時、かつて自分が受け取ったものを、今度は、自分の子どもに渡していく。

 教育や子育ては、子どもが大人になった後も、その人の中で続いていく。



 その先にいる、まだ生まれてもいない誰かへ。

 私達は、今日の眼差しを渡していくーー。
 

 

 

 

 

 

 

  ー自分の居場所を与えられた子どもは、いつか、誰かの居場所を奪わない大人になるー

 

 

 

 

 決定的な違いが現れるのは、子どもが、問題を起こした時かもしれないーー。



  ★友達を、傷つけてしまった

  ☆約束を、守れなかった

  ★自分の思い通りにならず、怒ってしまった



 ーーそんな時、親は、何て伝えるのだろう?ーー



  ★「何で、そんな事をしたの?」

  ☆「周りに、迷惑でしょ。」



 ーー勿論、子どもの行動を止めなければならない場面はある。

 けれど、そこで終わってしまったら、子どもが怒られない為の正解を探すようになるかもしれないーー。



   ☆「どう、感じた?」

   ★「相手は、どう感じたと思う?」



 ーー問いかける事は、何でも許す事ではありません。

 問いかける事は、子どもが、自分の行動と向き合う機会を、渡す事。



 子どもを守る事と、子どもに考えさせる事は、対立しない。

 寧ろ、安心出来る場所があるからこそ、自分の間違いを認められるようになるのかもしれない。





 インターナショナル保育園に通った子どもが、30代、40代になった時。

 
 その子が、どんな親になるのか。

 どんな家庭を、作るのか。


 それは今、断定する事は出来ない。

 インターナショナル保育園に通えば、必ず、自律的な人間になるわけではない。


 私は、大切なのは、園の名前でも、英語を話せるようになる事でもないと、思っている。

 その環境の中で、どんな関係を経験したのかーー



  ☆自分の声を、聴いて貰えたのか

  ★違いを、受け入れて貰えたのか

  ☆失敗しても、もう1度挑戦できたのか



 ーーその経験の積み重ねが、いつか自分の子どもを向き合う時に、姿を現すのかもしれない。



 

 




  「じゃあ元気でね。チビ‥ショーヨー。」



祝完結。おめでとう。 | 落ちこぼれ看護学生の独り言。

 

  「‥!!ハイッッあざっっしたっっ。」


  『ハイキュー』及川徹と日向の物語です。





 才能も、歩いてきた道のりも、出逢ってきた人も、違う。

 それでも、相手の可能性を認め、次の舞台へ送り出す事は出来る。



 誰かに認められた経験は、いつか、自分を信じる力となる。

 子どもに必要なのは、誰かより優れている事を、証明する事ではない。


 自分とは違う誰かと出逢い、その違いを認めながら、自分の可能性も信じていく。

 子どもが大人になった時、どんな世界を生きていてほしいのか。


 その答えは、今日、私達が子どもに向ける眼差しの中に、あるのかもしれない。






 

 

 ーーインターナショナル保育園という環境で育つ子どもは、英語を覚えているわけではない。

 

 彼ら彼女らは、もっと深いものを、覚えている。

 

 

 人は、違うということ。

 

 意見を持っていいということ。

 

 

 そして、自分という存在は、最初から世界の中に居場所があるということ。

 

 

 

 その感覚は、すぐに成果として現れるものではない。

 

 しかし、20年後、30年後。静かに、確実に差を生んでいくーー。

 

 

 

 

 

 

  ー子どもは、親の言葉を忘れる。けれど、親が見せた世界を、自分の世界として生きていくー

 

 

 子どもは、親が教えた言葉で、育つのではない。

 親が、どんな世界を生きているのかーー。



   ☆誰の、意見を聴き

   ★誰の、違いを認め

   ☆誰の、失敗を受け入れているのか



 ーーその姿を見ながら、世界の見方を覚えていく。

 だから、私は、教育とは、子どもに知識を渡す事ではないと、思っている。


 教育とは、子どもに、どんな世界を、手渡すのか。

 その問いが、子どもの未来を、作っていくのだと思う。

 

 

 

 

 

 その感覚は、すぐに成果として現れるものではない。

 

 しかし、20年後、30年後。静かに、確実に差を生んでいく。

 

 

 それは、学歴ではない。

 

 英語を話せるようになることでもない。


 

 

 家庭の作り方。

 

 子どもへの向き合い方。

 

 そして、人生の選び方。

 

 

 幼い頃に身につけた「世界の前提」は、大人になった後も、その人の人生の設計図として残り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

  ー幼い頃に渡された世界観は、長い年月を掛けて、人生の土台となる。そして、30代・40代で、その強さが静かに現れるー

 

 

 
 教育の差は、10歳では見えない。

 20歳でも、見えないかもしれない。


 けれど、30年後ーー。



  ☆自分の子どもが、失敗した時、間違えた時

  ★自分とは、違う意見を持った時

  ☆自分の、思い通りにならない時



 ーーその何気ない瞬間に、幼い頃に受け取った世界が、静かに姿を現すのかもしれない。




 自分が、認められる為に頑張ってきたのなら、自分の子どもにも、認められる為に頑張る事を求めてしまうかもしれない。

 自分が、失敗しても受け止めて貰えたのなら、自分の子どもの失敗も受け止められるかもしれない。



 勿論、人生は、幼い頃の経験だけで、決まるものではない。

 人は、いつからでも、学び直せる。

 いつからでも、自分の世界を広げられる。



 それでも、幼い頃に受け取ったものが、人生のどこかで、自分を支えてくれる事はあると、私は思う。

 

 

 




 ここに、いていい。


 失敗しても、ここにいていい。

 他の人と違っても、ここにいていい。

 
 その感覚から、人生を始められる事。

 そして、いつか、自分の子どもにも。



 ここに、いていい。
 
 そう伝えられる事。




 教育とは、子どもに、正解を渡す事ではないと、私は思う。

 教育とは、子どもが、自分の人生を始められる世界を手渡す事なのだと、私は思う。