伝説とは奇跡の瞬間ではなく、諦めなかった時間のことを呼ぶ5ー彼が世界に残した本当の時間魔法、リオネル・メッシ
ーー試合を支配するか、試合から消えるか。
彼には、その間が、ほとんど存在しない。
世界中の時間を支配する夜もあれば、90分何も出来ずに終わる夜もある。
だからこそ、彼は「ずっと歩いているだけ。」と批判され続けてきた。
だからこそ、世界はそのリスクを嫌い、90分間走り続け、チームに貢献できる選手を求めてきた。
その結果、サッカーは「勝つ方法」を磨いてきた。
けれど「誰かの時間を、豊かにする」という、本来の美しさを、少しずつ忘れていった。
メッシとは、試合の時間を支配するか、時間に吞み込まれるか。
その両方を生きた、唯一の選手だったのかもしれないーー。
♦時間魔法は、ピッチの外で完成する
決勝。
メッシは、何も出来ませんでしたーー。
★ボールを持てば、囲まれる
☆ドリブルは、止められる
★試合を支配するパスコースは、消される
ーーただ、その光景は、20年以上彼を観続けてきた私にとっては、見慣れた光景でした。
何故なら、メッシとは、相手の時間を奪うか、自分の時間を奪われるか、そのどちらかを生きた唯一の選手だからです。
ーーサッカーとは、ボールを蹴るスポーツではない。
時間を、誰かへ手渡す文化だ。
90分という限られた時間を「忘れられない時間」に変える。
それが、サッカーの本質だーー。
ーサッカーとは、90分の試合のことではない。誰かの人生に、一生残る時間を贈る文化のことであるー
「誰かの時間を、豊かにする。」
私は、これがサッカーの本質だと思っています。
それは、プロになるという事ではありません。ワールドカップで、優勝するという事でもありません。
また、サッカー選手だけに限った話ではありません。
サッカーは、人生を豊かにする為に、存在しているのです。
メッシを観ていると、不思議な事が起こりますーー。
☆子どもは、公園にボールを蹴りにいく
★父親は、仕事帰りでも子どもとボールを蹴りたくなる
☆何年も会っていなかった友人に「試合観た?」と連絡する
ーー世界中で、誰かと誰かが、サッカーを理由に、時間を共有します。
試合でボールを蹴っているのは、22人だけです。
しかし、本当に動いているのは、世界中の人々の時間なのです。
ーーサッカーとは、不思議なスポーツだ。
90分が終われば、何も残らない。
ゴールは、映像になる。歓声は、静寂になる。芝生には、何も残っていない。
それでも、人は、またサッカーに夢中になる。
何を持ち帰っているのだろう?
勝利だろうか。敗北だろうか。
私は、違うと思う。持ち帰っているのは、誰かと過ごした時間であるーー。
ーボール1つ。それでも、世界中の人の人生を動かすことができる。それがサッカーの魅力ー
試合が終われば、勝者は1チームしかありません。
それにも関わらずーー
☆スタジアムを出る何万人もの、人の顔が変わる
★テレビの前で試合を観ていた家族が、語り合う
☆翌日の学校では「あのゴール観た?」という会話が始まる
★会社では、世代も立場も違う人同士が、笑い合う
ーー勝者だけが幸せというスポーツであったり、生まれつきの体格だけで参加条件が制限されるスポーツでは、こんな事は起こりません。
サッカーが届けているのは、人と人が同じ時間を生きる理由なのです。
ーーサッカーは、選手だけのものではない。
プレイする人だけの、ものでもない。
子どもの試合を、見守る親。仕事帰りに、試合を観るのを楽しみにしているサラリーマン。
病室で、テレビを観ている人。夢破れた多くの、元少年たち。
みんな、それぞれの人生を歩みながら、同じ90分を共有している。
サッカーは、人を1つの場所へ集めるのではない。
離れた時間を、1つの時間で結び直してくれる。
それが、このスポーツが世界で最も愛されている理由だーー。
ー試合は、90分で終わる。けれど、その90分が、誰かの人生を何十年も生き続けるー
だから、私は思います。
メッシが世界一だった理由は、タイトルの数でも、ゴールの数でもないと。
メッシが世界一だった理由は、世界中の人々の時間を豊かにした事にあるとーー
☆受験勉強の、合間
★仕事で、疲れた夜
☆病院の、待合室
★親子で過ごす、夕食
ーー人生には、忘れてしまう1日が、無数にあります。
けれど、あの時、あの人と「あの日、メッシを観た。」
この記憶は、何十年経っても、残り続けます。
サッカーは、時間を消費する娯楽ではありません。
サッカーは、時間に意味を与える文化なのです。
ーーメッシは、ピッチの上で時間を生み出した。
味方が自分の景色を描くことができる、1秒を。
守備が迷う、一瞬を。
世界は、彼を「天才」と呼び、やがて「神」と呼んだ。
けれど、私は思う。
彼が本当に生み出していた時間は、芝生の外にある。
少年が、夢を観る夜。仕事帰りの父親が、もう1度ボールを蹴る休日。
祖父が孫へ「昔は」と語り始める夕暮れ。言葉にできなかった親子が、試合の日だけは一緒に過ごす食卓。
その時間こそが、メッシが生み出した本当に時間だとーー。
ー時間魔法の真髄は、味方に1秒を与えることではない。誰かの人生に、一生残る時間を生み出すことにあるー
だから私は「時間魔法」という言葉を、使ってきました。
メッシは、ピッチの上で、仲間に時間を与えてきました。
しかし、本当に彼が時間を与えていた相手は、ピッチの仲間だけではありませんーー。
☆父親と、息子が語り合う時間
★子どもが、夢を見る時間
☆友人と、昔を思い出す時間
ーーそして、生きる事に疲れた誰かが、もう1度前を向こうと思える時間。
彼が生み出した時間は、90分では終わりません。
その90分は、誰かの人生へと続いていきます。
だから、私は思う。
サッカーとは、勝者と敗者を決めるだけのスポーツではない、と。
サッカーとは、誰かの人生の時間を、少しだけ豊かにする為にある、と。
メッシが世界に残したものは、世界一という称号ではありません。
「人は、1つのボールを通して、同じ時間を生きられる。」
その事実ですーー。
☆ボールは、転がる
★試合は、終わる
ーーけれど、その90分は、誰かの人生の中で、何十年も転がり続けるのです。
ーー90分の試合が終わっても、敗者となっても、夢が破れても、人生は続いていく。
だから本当に価値のあるプレイとは、誰かの人生の中で生き続けるプレイだと、思う。
彼が残したのは、ゴールではない。世界一の称号でもない。
世界中の誰かが「今日、あの人と時間を共有できた。」
そう思える時間だ。
そして、その時間は、いつか思い出となり、思い出は、生きる力になる。
サッカーとは、人生の時間を、少しだけ優しくする魔法なのであるーー。