呼べば届く世界、待ちながら生きる世界ー少人数保育と多人数保育
ーー少人数保育では、名前を呼べば、すぐに振り向いてもらえる。
多人数保育では、名前を呼んでも、声はざわめきの中に消えていく。
その違いは小さく見えて、子どもの心には、深く残る。
少人数では自分の泣き声に誰かが気付き、多人数では泣いていても順番があることを知る。
少人数では「待たなくても届く」を覚え、多人数では「待ちながら生きる」を覚える。
ひとつは、世界が自分に応えてくれる場所。
もうひとつは、世界が自分だけのものでないと知る場所。
♦ひとりが見える場所、みんなの中で育つ場所
子どもは、保育園の人数を、言葉で覚えているわけではありません。
けれど、その空気を、身体で覚えています。
☆名前を呼べば、すぐに振り向いて貰える日々
★自分の言動が、世界を動かすという経験
ーーそれは「自分は気づいて貰える存在だ」という感覚を育てます。
★ざわめきの中で声が重なり、順番を待つ日々
☆自分だけでは、世界が動かないという経験
ーーそれは「他者とともに生きる」という感覚を育てます。
少人数保育か、多人数保育か。
その違いは、人数の話に見えて、本質は、子どもが最初に出逢う社会の形です。
子どもが、どんな世界を先に知るのか。
この問いは、思っている以上に、その後の人との関わり方に静かに続いていきます。
ーー少人数保育は、小さな声がちゃんと届く場所。
1人が黙ると、その沈黙に気付かれる。
1人が笑うと、その笑いが部屋に広がる。
人数が少ないというのは狭い集団ということではなく、1つ1つの気持ちが埋もれにくいということ。
少人数保育は、何かを教える前に「ここにいていい」と伝える場所。
何かが出来る前に、上手く話せる前に、順番を守れる前に、その子の存在そのものに、目を向ける。
子どもは、その視線の中で、少しずつ自分を知っていくーー。
ー見つけてもらえた記憶が、人を信じる始まりになるー
少人数保育では、子どもは「関係の中で守られた自己」を作りやすいです。
構造としてーー
大人との距離が近い→反応が返ってくる→自分の言動が世界に影響すると知る→自己効力感が育つ→自分を信頼する
重要なのは、少人数では「自分が応答される経験」が多い事です。
☆泣けば、気付かれる
★話せば、聞かれる
☆困れば、助けられる
この積み重ねは、単なる手厚さではありません。
この積み重ねは「私は存在している意味がある」という感覚を育てます。
ーー多人数保育は、自分の声だけでは届かない場所。
話したい時に、隣で誰かも話している。
抱っこしてほしい時に、もっと泣いている子がいる。
だから、子どもは自分の中にある気持ちに触れながらも、少しずつ、自分の場所を探していく。
多人数保育は、守られることよりも、関わりながら生きることを覚える場所。
ただ待つだけでなく、伝えること。譲ること。離れること。
子どもは、その環境の中で、社会の中で生きる術を知っていくーー。
ー声が重なる場所で、心は他者を知っていくー
多人数保育では、子どもは「他者が先に存在する世界」に入ります。
構造としてーー
周囲に多数の子どもがいる→自分が中心ではない→順番・衝突・競争が起こる→自分の位置を調整する→社会的自己が育つ
この環境で育つのは自己主張より先に「位置取り」です。
★誰と遊ぶか
☆何を譲るか
★どう関係を続けるか
これは早い段階で、他者との折り合いを学ぶ事になります。
多人数保育は「関係の中で自分を見つける」場所です。
ーー安心とは「ここにいていい」と思えること。
関係とは「どう生きるか」を考えること。
少人数で育つ子は、ひとりの大人の表情をよく見る。
多人数で育つ子は、周囲の空気をよく読む。
少人数で育つ子は、言葉を受け止めて貰う経験が増える。
多人数で育つ子は、言葉が埋もれる中で伝える工夫を覚える。
どちらにも育つものもあれば、欠けるものもある。
大切なのはどちらが優れているのかではなく、子どもが最初に知る世界が何かということ。
それは、その子が信じる形や、人との距離の取り方にも、静かに続いていく。
子どもは、環境を言葉では覚えていない。
でも、身体で覚えている。
呼べば来てくれる世界。
呼んでも少し待つ世界。
その記憶は、大人になっても、人との関わり方の奥で、そっと生き続けるーー。
ー少人数保育で人は自分が大切だと知り、多人数保育で人は自分だけではないと知るー
少人数は、存在が先。
子どもは、認識される事で、世界に入ります。
多人数は、関係が先。
子どもは、既にある集団の中で、自分を位置づけます。
ただ、本当に必要なのは「自分が大切にされる経験」と「自分以外の世界がある経験」の両方です。
この順番が重要。
まず、大切にされる。
その後、折り合いを学ぶ。
この順序が崩れると、社会は早く学べても、心の中の安心が育ちにくくなります。