夢の国で考えた、人生の主役とは何か
ーー夢とは、見るものではない。
夢とは、入れるものでなければならない。
昨日、ディズニーシーに行った。
そこには、夢の世界があった。完成された世界があった。
けれど、ふと思った。
夢の世界とは、眺める場所なのだろうか?
それとも、参加する場所なのだろうか?
子どもは、ショーの完成度に、感動しているのではない。
子どもは、アトラクションの技術に、感動しているのではない。
子どもは、自分もその世界に入れた時、初めて目を輝かせるーー。
♦子どもは、見た景色を覚えているのではない。自分が、その景色にいたことを覚えている
昨日、ディズニーシーに行ってきました。
楽しかったけれど、同時に、強い違和感もありましたーー。
★ショーを観るには、アプリから課金をする必要がある
☆人気の体験には、事前の予約や抽選が必要になる
ーー乗りたいアトラクションや、観たいショーがあっても、誰もが同じように体験出来るわけではありません。
勿論、安全対策や混雑対策の為である事は、理解出来ます。
けれど、私は、ふと思った。
子ども達は、本当にこの世界の主役になれているのだろうか?
ーー大人は、結果を数える。
何に乗れたか。何を見られたか。良い写真を撮れたか。
けれど子どもは、そこに自分がいたのかを、覚えている。
輪の中に入れたこと。手を振り返したもらえたこと。自分も物語の一部だったこと。
その記憶が、心の奥に残っていく。
人は、成功したから前を向けるのではない。
参加できた記憶があるから、もう1度やってみようと思える。
愛された記憶が、自己肯定感になる。
参加できた記憶が、主体性になる。
そして、その2つが重なった時、人は、人生の主役になるーー。
ー人は、成功したから前を向けるのではない。参加できた記憶があるから、もう1度やってみようと思えるー
前回、私はディズニーとユニバーサルの違いについて、表現しました。
ディズニーは、「ここにいていい」と、教えてくれる場所。
ユニバーサルは、「やってみようと」と、背中を押してくれる場所。
私は、どちらも子どもが人生の主役になる為に、必要な体験だと思っています。
しかし昨日、別の問いが生まれました。
その問いとは「主役とは何だろう?」という問いです。
主役とはーー
★特別な席に座れる人の事だろうか?
☆上手にアプリを使えた人の事だろうか?
★抽選に当たった人の事だろうか?
ーー私は、違うと思います。
子どもにとっての主役とは「自分もこの世界に参加できている」と、感じられる事ではないでしょうか?
大人の世界では、効率や優先順位が、必要になります。
けれど子どもの世界で大切なのは、平等ではなく、参加感です。
見られなかったショーの内容よりも、乗れなかったアトラクションの名前よりも「自分も、この世界の一員だった」という感覚の方が、ずっと心に残り続けます。
ーー主役とは、選ばれた人のことではない。
主役とは、自分の人生から降りなかった人のことである。
だから子育てで大切なのは、全てを与えることではない。
全てを成功させることでもない。
「ここにいていい」
そう受け入れられること。
「やっておいで」
そう送り出されること。
子どもは、この2つを受け取りながら、大きくなる。
テーマパークの本当の価値も、ここにあると思う。
ショーを、観たかではない。
アトラクションに、乗れたかでもない。
その日、自分がその世界の一員だったと感じられたか。
人の心を支えるのは、豪華な体験ではない。
人の心を支えるのは「自分もそこにいた」という小さな記憶の積み重ねだーー。
ー人は、愛されることで根を張る。参加することで、空へ伸びるー
子育ても、同じです。
全てを与える必要はなく、全てを成功させる必要もありません。
けれどーー
☆話し合いには、参加できる
★挑戦に、参加できる
☆失敗しても、また参加できる
ーーそんな家庭で育った子どもは、自分の人生から降りなくなります。
人生の途中で転んでも、失敗しても、上手くいかなくても「もう1度やってみよう」と思えます。
何故なら、その子は、知っているからです。
主役とは、選ばれる事ではない。
主役とは、参加する事だと。
人生の主役とは、光の当たる場所に立つ人ではありません。
人生の主役とは、何度転んでも、自分の人生に戻ってこられる人の事です。
ーー人は、愛された記憶によって生きる。
そして、参加できた記憶によって挑戦する。
だから、子どもに必要なのは、特別な席ではない。
世界の中に、自分の場所があるという感覚である。
人生の主役とは、スポットライトを浴びることではない。
この世界には、自分の居場所があると信じている人のことを言うーー。