ーー私達は、交渉が出来ない民族なのかもしれない。
誰かが希望を、口にする。
すると、返ってくるのは、条件ではなく、理由である。
「それは難しいです。」「決まりなので。」「前例がなくて。」
もし、そこに「ここまでなら出来る」という言葉があれば、世界は少しだけ前に進むのにーー。
♦察する社会は、何も言わずに過去を守る。交渉する社会は、対話で未来を作る
私が、仕事をしていて、感じる事の1つに、日本人は「交渉が出来ない」という事があります。
私の世界観では、こちらが希望を出した場合「ここまでなら出来ます。」と言って頂く事で、互いのゴールへ近づけていく事が、仕事であると思っています。
しかし、残念ながら、返ってくる言葉は「ここまでなら出来ます。」という条件ではなく「それは難しいです。」という理由です。
「何故、多くの日本人が交渉が出来ないのか?」
今日は、これを紐解いていきます。
ーーもし、そこに「ここまでなら出来る」という言葉があれば、世界は少しだけ前に進むのに。
けれど、私達は、折り合いをつける前に、まず出来ない理由を並べてしまう。
それは、怠慢ではないのかもしれない。
それは、争わずに生きてきた社会の智恵なのかもしれない。
同じ文化・同じ言葉・同じ価値観。
古より、日本は「察する事で成り立つ社会」だったのだーー。
ー交渉の文化は、言葉を信じる。察する文化は、関係を信じるー
日本社会は、交渉ではなく、察する文化です。
欧米のコミュニケーションはー
☆希望を言う
★条件を出す
☆折衷案を作る
ーという「交渉型コミュニケーション」です。
これに対し、日本のコミュニケーションはー
★空気を読む
☆相手の意図を察する
★直接言わない
ーという「察知型コミュニケーション」です。
欧米は、言葉→調整。
日本は、空気→判断。
日本は、交渉で動いてきた社会ではありません。
日本は、察する事で動いてきた社会なのです。
ー村社会は、人を守るルールではなく、人を見張る関係で出来ているー
日本は長い間、村社会でした。否、現在も村社会が続いています。
村社会ではー
★同じ人と一生関わる
☆関係を壊せない
→その為、村社会で生きる上で何よりも大切なのは「対立を避ける事」です。
交渉はー
☆主張
★反論
☆条件
ーを出すので、対立の可能性があります。
だから、日本では「交渉=関係悪化のリスク」を感じやすいのです。
その結果「交渉しない文化」が、生まれました。
ーー同じ文化・同じ言葉・同じ価値観。
古より、日本は「察する事で成り立つ社会」だったのだ。
だから、交渉は必要なかった。
だが、多様性の時代になった今、察するだけでは世界は動かなくなっている。
しかし、私達日本人は、変わらずにいる。
今日もどこかで、誰かの希望は、理由の山に埋もれているーー。
ー交渉は横の関係で生まれ、命令は縦の関係で生まれるー
日本の歴史とは、身分社会の歴史でもあります。
☆武士・農民・商人
★学校・会社・役所
昔も、今も、日本社会は、全て上下関係の中で、動いています。
上下関係の世界では、交渉ではなく許可になります。
つまり、会話は「YES or NO」になります。
☆欧米→対等な交渉
★日本→上からの判断
上下関係の歴史が「交渉しない文化」を育ててきました。
ー交渉は、正解を探す教育からは生まれない。正解を作る経験から生まれるー
日本の教育では、交渉を学びません。否、交渉という存在が、初めから存在しません。
日本の教育はー
★正解がある問題
☆指示に従う
ーが中心です。
しかし、交渉にはー
☆正解を作る
★条件を作る
ー能力が必要になります。
教育には、2つの教育があります。
1つは、正解を探す教育。
もう1つは、世界を探す教育。
正解を探すだけの教育には、交渉は必要ありません。
日本の教育が「世界を探す教育」を放棄してきた歴史が「交渉しない文化」を完成させました。
私が、希望を出しても出来ない理由しか返ってこないのは「交渉が弱い」からではなく「交渉する思考回路がない」からでした。
ーー世界は、少しずつ変わってきている。
同じ文化・同じ言葉・同じ価値観の人だけで、成り立つ時代は終わり、違う文化・違う言葉・違う価値観が、同じ空間に存在する時代になってきた。
その世界では、察するだけでは前に進めない。
必要なのは、自分の希望を言葉にし、相手の条件を聞き、その間に橋を架ける力だ。
つまり、交渉する力ーー。