発見の真の航海とは、新しい風景を探すことではなく、新しい目を持つことであるー石川ー





 ーー「楽しかった。」

 その一言の奥には、きっと、もっとたくさんのものが残っている。



 知らない街。知らない人。家族と、過ごした時間。

 子どもの頃に見た景色は、すぐには人生を変えない。



 でも、いつか振り返ったとき、あの日の「好き」が、知らない世界へ踏み出す最初の一歩だったと、気づくのかもしれない。


 
 だから、また行こう。

 まだ知らない、場所へ。まだ知らない、世界へ。

 子どもの「好き」を、世界の入り口にするためにーー。







  ー子どもの「好き」は、世界への入り口。「好き」の先には、まだ名前のない世界が広がっているー



 子どもと旅行に行く理由は、有名な場所を見せる為だけではありません。

 きれいな景色を見せる為だけでも、たくさんの思い出を作る為だけでもありません。


 子どもと旅行に行く理由は、子どもの「好き」を、まだ知らない世界に繋げる為なのだと、思います。




 今回、家族で石川に行きましたーー。



    ☆金沢を、歩き

    ★小松にも、行き

    ☆加賀温泉まで、足を運んだ



 ーー金沢には、昔の日本が、今も息ずいています。

 小松には、観光地ではない、そこで暮らす人達の石川が、あります。

 加賀温泉には、旅の疲れを、ゆっくりほどいてくれる時間が、あります。




 石川は、1つの顔をしていない。

 歴史があり、文化があり、自然があり、温泉がある。

 少し移動するだけで、違う石川に会う事が出来ます。





 ただ、今回の旅で子どもが1番楽しみにしていたのは、そんな石川の歴史でも、温泉でもありませんでしたーー。



    ☆『日本三國』つねちゃんさん

    ★『呪術廻戦』五条悟



 ーーだから『日本三國』のスタンプラリーに参加し、『呪術廻戦』の展示会にも足を運んだ。




 きっと大人から見れば「そんなことの為に、石川まで行くの?」と、思うかもしれません。

 でも、私は思う。

 「そんなこと」こそ、大切なのではないか、と。



 何故なら、子どもにとって「好き」は、世界へ出ていく為の入り口だからですーー。



   ☆つねちゃんさんを追いかけて、石川へ

   ★五条を追いかけて、知らない場所へ



 ーーそして気がつけば、子どもの「好き」が、家族の世界まで広げている。



 その途中でーー


   ☆金沢の街を、歩いた

   ★温泉に、入った

   ☆知らない人と、話をした


 ーーそして、いつの間にか「好き」だけだった旅が「石川」という、新しい記憶になっていく。








 ーーきっと、子どもは知らない。

 その「好き」が、自分をどこまで遠くへ連れて行くのか、を。


 
 「好き」を追いかけた先で、知らない街に出逢う。知らない景色に出逢う。

 そしていつか知らなかった、自分に出逢う。





 だから、子どもの「好き」を連れて、少し遠くへ行ってみる。


 
 子どもが見つけるのは、新しい景色。

 親が見つけるのは、その景色を見ている、子どもの新しい表情ーー。







  ー子どもの「好き」を追いかけていたら、いつの間にか、世界が広がっていたー



 勉強になるから、行くのではない。

 有名な場所だから、行くのでもない。


 まずは「好きだから、行ってみる。」

 それで、いい。



 「好き」を追いかけて、家を出る。車に、新幹線に、飛行機に乗るーー。


   
    ☆知らない街を、歩く

    ★知らない景色を、見る

    ☆知らない人に、出逢う



 ーーすると、1つの「好き」が、たくさんの知らなかったに、出逢わせてくれます。




 子どもの記憶の中には、金沢の街並みだけではなくーー


 
   ☆スタンプを探して、歩いた時間があり

   ★五条を見て、喜んだ時間があり

   ☆温泉で、家族と過ごした時間がある



 ーー子どもの「好き」は、いつか変わる。



   ☆つねちゃんさんから、別の誰かへ

   ★五条から、別の物語へ



 ーーきっと、何度も変わっていく。でも「好き」を見つけた時に「じゃあ、行ってみよう。」と、世界へ出ていく力は、残っていてほしい。



 

 きっと、親が出来るのは、子どもの世界を決める事ではありません。

 親が出来るのは、子どもが、世界へ出ていく、小さなきっかけを作る事。


 今回の石川旅行も「好き」から、始まりました。

 その「好き」がーー



    ☆金沢へ、連れて行ってくれた

    ★小松へ、連れて行ってくれた

    ☆加賀温泉へ、連れて行ってくれた



 ーーそして、その先には、まだ子どもが知らない、もっと広い世界が待っている。



 だから親は、子どもの「好き」を「そんなこと」で、片付けないでいたい。

 「好き」は、その子が、世界と出逢う方法なのだから。