静かな人は、自分の中に帰れる場所を持っているー静かな人は、声ではなく生き方で、自分の強さを語るー
ーー静かな人は、力がないのではない。
力を、声ではなく、生き方で語っている。
だから、拍手がなくても、歩ける。理解されなくても、進める。
誰かに否定されても、自分まで自分を否定しない。
そして最後には、静かに帰ってくる。
自分の所へーー。
ー「ここにいて。」と、縛る愛より「どこに、行ってもいい。」と、送り出せる愛の方が深いー
自分の中に帰れる場所がある人は、人との関係を、必要としないのではありません。
人を、必要以上に、縛らなくなるのですーー。
★「私を、わかってほしい。」
☆「私から、離れないでほしい。」
ーーそのような思いがないのではなく、そのような思いを相手に押し付けないのです。
寂しい時には「寂しい。」と、言う。
隣にいてほしい時には「隣にいてほしい。」と、言う。
それでも、相手が自分の思い通りにならなかったとしても、自分自身を失いません。
だから「あなたは、あなたの人生を生きていい。」と、言葉で伝えるのではなく、その人の人生を尊重するという、生き方で伝えられる。
そして「それでも、私はあなたを大切にしたい。」という事も、言葉ではなく、その人を自由にする事で、伝えられる。
私は、これが自立であると、思います。
1人で、生きるという事ではない。誰にも、頼らないという事でもない。
誰かと、一緒にいても、自分を失わない物語を、自立と呼びます。
ーー自分の価値を、他人に、決めさせない。
それが、静かさなのだと、思う。
人は、自分に自信がない時ほど、声が大きくなる。
正しさを、証明したくなる。優れている事を、示したくなる。誰かより、上に立ちたくなる。
けれど、本当に自分を知っている人は、そんなことをしなくてもいい。
自分が何者なのかを、毎日誰かに説明する必要など、ないからだーー。
ー自分を証明する人は、誰かに勝とうとする。自分を知っている人は、誰かを自由にするー
自分の中に帰る事が出来る人は、人との距離も、静かに選ぶ事が出来ますーー。
☆残るべき時には残り、離れるべき時には離れる
★譲るべき時には譲り、守るべき時には守る
ーー誰かに嫌われる事よりも、自分自身を、嫌いになる事を、恐れます。
だから、静かなのですーー。
☆自分の正しさを、大きな声で証明する必要がない
★誰かに勝つ事で、自分の価値を確かめる必要がない
ーーそして、そんな人だから「誰かの帰る場所」にも、なれるのです。
自分の中に帰れる人は、誰かを「ここに、いて。」と、縛りません。
行きたい場所へ、行かせる。
離れたい時には、離す。
そして、帰ってきた時には、何も聞かずに、隣にいる。
「どこへ行ってもいい。疲れたら、ここに帰っておいで。」
若しかしたら、そんな言葉すら、わざわざ言う必要がないのかもしれません。
その人を自由にする生き方そのものが「あなたは、ここに帰ってきていい。」という、最も信頼出来るメッセージなのだから。
それは、人を縛る愛ではありません。
それは、人を自由にする愛です。
ーー誰かに見られていなくても、やる。誰かに評価されなくても、続ける。
誰かに理解されなくても、大切なものを、大切にする。
それは、派手ではない。
けれど、強い。とても、強い。
なぜなら、その人の人生の中心にあるのが「他人」ではなく「自分」だからーー。
ー誰にも見られていない時の生き方が、その人の本当の強さを作るー
そして、不思議な事に、人は、自由にしてくれる場所程、帰りたくなります。
人生という長い物語の中で、人は、何度も居場所を失いますーー。
★仕事を、失う
☆家族を、失う
★夢を、失う
ーー時には「自分は、何者だろう?」と、わからなくもなります。
そんな時、人を支えるのは、他人からの評価でも、肩書でも、財産でもありません。
それでも、自分まで自分を否定しないという、静かな強さだと、私は思います。
ーー静かさとは、距離ではない。
自分と、他人の人生を、混同しないことだ。
本当の強さとは、負けないことではない。負けた日にも、自分を見失わないこと。
誰かに嫌われた日にも、自分を嫌いにならないこと。
何も成し遂げられなかった日にも、自分の人生を、諦めないこと。
最後に帰る場所を、自分の中に、持っていること。
だから、静かな人は、強い。
声が大きいから、ではない。何も恐れないから、ではない。
自分を証明しなくても、自分でいられるからだーー。
ー強さは、声の大きさでは決まらない。何を語ったかではなく、どう生きたかが、語っているー
静かさとは、何も語らない事ではありません。
自分の人生を、声ではなく、生き方で語れる事です。
そして、本当の強さとは、世界のどこにいても、最後には自分へ帰ってこられるという事。
だから、今日も、静かに歩き続ければいいーー。
☆迷っても、いい
★傷ついても、いい
☆立ち止まっても、いい
ーーそれでも、自分だけは、自分を見捨てない。
その場所がある限り、人は、何度でも歩き出せるのだから。
そして「自分の中に帰れる」という物語は、親子という関係になると、また違う意味を、持ち始めます。
その話は、また次に書こうと、思う。