静かな人は、自分の中に帰れる場所を持っている3ー子どもを、自由にする愛。それでも、帰れる場所はなくならないー
ーー親が子どもに渡せる贈り物(ギフト)は「どこへ行っても、帰ってきていい。」と、思える記憶なのかもしれない。
その記憶がある子どもは、いつか親のもとを離れても、自分の中に、自分自身の帰れる場所を、つくっていける。
これが、親が子どもに贈ることができる、最高の贈り物なのかもしれないーー。
ー子どもを縛る愛より、子どもを自由にする愛の方が、深いー
「自分の中に帰れる」という物語は、親子という関係になると、また違う意味を、持ち始めます。
親は、子どもを愛しています。だから、心配しますーー。
☆傷ついて、ほしくない
★失敗して、ほしくない
☆出来る限り、幸せになってほしい
ーーけれど、愛している事と、親が子どもの人生を決めていく事は、同じではありません。
子どもは、親の作品ではありません。
親が歩けなかった道を、歩く為に生まれてきたわけでもありません。
親の期待を、叶える為に生まれてきたわけでもありません。
子どもには、子どもの人生があるのです。
だから、いつか親には、子どもを手放す時が、訪れます。
その時「ここに、いて。」と、引き止めるのではなく「行って、おいで。」と、送り出せる親でありたい。
ーーいつか、子どもの背中が、親から、遠ざかっていく時がくる。
その時「寂しいから、ここにいて。」を、子どもの人生にしない。
その寂しさは、親自身の人生で、抱える。
子どもには、子どもの人生を、渡す。
愛するとは、自分のために、その人を縛らないことなのかもしれないーー。
ー子どもを、自由にする。けれど、帰れる場所まで、自由にしないー
勿論、心配です。
寂しさも、あります。
「もう少し、隣にいてほしい。」と、思う事もあるでしょう。
それでも、その寂しさを、子どもの人生に、背負わせません。
親は、親の人生を、生きる。
子どもは、子どもの人生を、生きる。
それが、親子であっても、お互いを1人の人として、尊重する事であると、私は思います。
そして「どこへ、行ってもいい。」だけではない。
「どんな道を選んでも、ここだけはなくならない。」も、一緒に渡すーー。
☆失敗しても
★傷ついても
☆迷っても
ーー帰ってきた時には「だから、言ったでしょう。」ではなく、何も言わずに隣にいる。
きっと、それが子どもにとっての、帰れる場所なのだと、思う。
ーー子どもが帰ってきたとき、成功していても、失敗していても、その価値を、結果だけで測らない。
ただ、そこにいるその子を、見る。
「何が、できたか」ではなく「あなたが、あなたであること」を、喜ぶ。
そんな場所があれば、人は、遠くまで行けるーー。
ーいつか子どもが、私ではなく、自分自身の中に「帰れる場所」を見つけて、生きていけたらー
親が、子どもに残せるものは、財産だけではありません。
学歴でも、成功でも、ありません。
「自分を失いそうになった時には、ここへ帰ってきていい。」と、思える記憶を、残す事。
そして「あなたの人生は、あなたのものだ。」という、信頼を、手渡す事。
私は、それが、親の愛だと思っていますーー。
☆子どもを、縛らない
★子どもの人生を、奪わない
ーーそれでも、子どもが帰ってきた時には、言葉より先に、迎えてあげる。
「どこへ、行ってもいい。でも、ここはいつでも、あなたの帰る場所だよ。」
そんな愛を、子どもに、渡したい。
そしていつか、その子が自分の人生を歩きながら、自分の中にも「帰れる場所」を見つけてくれたら。
それでいいと、思う。