静かな人は、自分の中に帰れる場所を持っているー強い人は、傷つかないのではない。自分を、見捨てないー
静かさとは、何も語らないことではない。
何かを失ったとしても、最後に帰れる場所を、自分の中に持っていること。
だから、本当に強い人は、静かだ。
静かに、歩く。静かに、愛する。静かに、挑戦する。静かに、傷つく。
そして、静かに、自分に帰ってくるーー。
ー静かな人は、力がないのではない。力を、声ではなく、生き方で語っているー
Google、Microsoft、Apple、現在世界を代表する企業のCEOは、いずれも静かな人です。
現在、世界を動かしているのは、声の大きいカリスマではありません。
現在、世界を動かしているのは、静かに考え、静かに選択し、静かに行動する人達です。
私は、静かさとは、声の小さいという事ではないと思っています。
静かさとは、自分の力を、自分の力で扱える事。
静かな人もーー
☆怒りも
★欲望も
☆承認欲求も
★競争心も
ーー持っています。でも、それらに振り回されませんーー
☆必要な時には、声を出す
★守るべきものがあれば、立ち上がる
☆譲れないものがあれば、拒む
ーーそして、それ以外の事には、静かにいられます。
ーー静かな人は、何かあった時、外に答えを探しに行かない。
1度、自分の中へ、戻る。
誰かが何と言ったかではなく、自分はどう感じたのか。
社会がどう見るかではなく、自分は何を大切にしたいのか。
勝てるかどうかではなく、この道を歩きたいのか。
静かな人は、そこに戻ってくるーー。
ー強い人は、勝つために生きない。自分が何を残せるのかを考えながら、静かに歩いているー
だから「静かな人」=「弱い人」ではありません。
寧ろーー
☆「言わない」のではなく「言う必要のない事を言わない」
★「戦わない」のではなく「戦う場所を選んでいる」
☆「自信がない」のではなく「他人に証明する必要がない」
ーーそして最後には「自分が、勝つ」事よりも「自分が、何を残すのか」を考えています。
そういう人は、静かです。否、必然的に静かになります。
ーー枝は、風に揺れる。
けれど、根は揺れない。
見ている場所が揺れても、見えない場所では、ずっと大地を掴んでいる。
本当の強さとは、揺れないことではない。
揺れた後も、自分の場所へ、戻れることなのかもしれないーー。
ー人は、何者かになったから強いのではない。何者でもなかった頃の自分へ、いつでも帰ってこられるから強いー
「自分の場所へ、戻れる事」とは、どういう事なのでしょうか?
それはーー
★「私は、正しい」
☆「私は、優れている」
★「私は、誰よりも能力がある」
ーーという事ではありません。寧ろ、その逆です。
失敗しても「それでも、自分は自分だ」と、思える場所。
誰かに否定されても「この人の評価だけで、自分の価値が決まるわけではない」と、思える場所。
結果が出なくても「自分は、何を大切にしてきた」へ、戻れる場所。
何者かになった自分ではなく、何者でもなかった頃から、ずっとそこにいた自分へ戻れる場所の事です。
ー強い人とは、傷つかない人のことではない。傷ついた夜を越えて「それでも、自分はどう生きるのか」と、朝の自分へ戻ってこられる人のことだー
強い人とは、傷つかない人の事ではありません。
静かな人も、傷つかない人の事ではありません。寧ろ、静かな人程、深く傷つくのではないでしょうか?ーー
☆悔しい事も、ある
★腹が立つ事も、ある
☆自信を失う事も、ある
ーーただ、その感情を抱えながらも、最後には自分の中へ、戻ってこられる。
その日の夜「悔しかったな」と、思う。
でも、翌朝には「じゃあ、自分はどうする?」と、考えられる。
感情から逃げるのではなく、感情を通り抜けて、自分の中に戻ってこられる。
私は、これが強さであると、考えています。
ーー人は、外の世界へ出ていくために、帰る場所を必要とする。
そしてその場所は、誰かでなくてもいい。
家で、なくてもいい。肩書で、なくてもいい。成功でも、なくていい。
自分自身で、あればいい。
どれだけ遠くへ行っても、どれだけ傷ついても、どれだけ迷っても、最後には、自分の所へ帰ってこられる。
その人は、静かだ。
でも、その静けさの奥には、誰にも奪えなないものがある。
「私は、私の所に、帰ってこられる。」
その確信こそが、私は、本当の強さなのだと、思っているーー。
ー自分の中に帰れる人は、誰かを居場所にしなくても、誰かの居場所になることができるー
自分の中に戻れる場所がある=人との関係を、必要としないという事ではありません。
寧ろ、自分の中に戻れる場所がある人は、人と深く関わる事が出来ます。
この続きは、また後程。