香水の匂いが、消えた後もー夢を見せるより、夢を追う背中を、前田大然ー






 ーーグランドに立てない1年間が、あった。

 それでも、朝が来れば、走った。



 誰にも、見られていなくても。

 どこへ続くのか、わからなくても。



 彼は、知っている。否、彼でなければわからない。

 サッカーができるということが、当たり前のことではないということを。




 人生とは、わからないもの。

 グランドに立てない間に鍛え上げた武器が、彼を今、世界最高峰の舞台に挑戦させているーー。



 




  ー過去は、変えられない。けれど、過去が何だったのかは、これからの生き方で変えていけるー




 「今は、ステップのステップのステップ。」

 9年前、J2に所属していた丸刈り頭の19歳が、背伸びをして主張の強いディオールの香水をつけて語った言葉。



 かつては夢見る事もなければ、気にも留めなかった舞台。

 その男は、今、世界最高峰の舞台に挑戦している。





 その道のりもまた、順風満帆なものでは、なかったーー。



 ★規律違反により、高校のサッカー部から除籍される

 ☆高校2年の1年間、サッカー部の練習や試合に参加が出来ない

 ★走り込みを続け、パン屋でバイトをしながら、社会人チームに参加



 ーー彼は、走る事を武器にする選手である前に、サッカーが出来る事を当たり前ではない事を知っている選手なのです。





 仲間がグランドにいるのに、自分はそこに立てない。

 毎日走る事は出来ても、試合には出られない。


 それでも、彼は、走った。

 サッカー部の練習には参加出来なくても、走る事は出来たーー。



  ☆朝、1人で走り続ける

  ★サッカー部に参加出来なくても、サッカーが出来る道を探す

  ☆パン屋でバイトをしながら、社会人チームに参加する



 ーー彼は、仲間と同じグランドには立てなくても、サッカーそのものを、手放さなかった。





 走り続けた、1年間。

 今の自分に出来る事を続けた、1年間。

 自分と向き合い続けた、1年間。




 その1年間は、彼に、サッカーが出来るという事を当たり前だと思えなくなった1年間だったのではないかと、私は思う。

 失った時間とは、必ずしも、何も生まない時間ではない。


 失った時間の中で、何を考え、何を学び、もう1度何を選ぶのか。

 失った時間は、その後の人生の歩み方により、その意味合いを、自分で書き換える事が出来る。








 ーー遠い世界に自分の居場所ができるとは、夢にも思っていなかった。

 背伸びをして、香水をつけていた19歳。



 それでも、走り続けた。

 走り続けていく中で、夢にも見なかった舞台が、目指す舞台に変わっていった。



 そして今、小さな手が、その背中を追いかけている。

 新しいユニホームは、まだいらない。



 夢は、着せるものではないから。

 いつか、自分で選んだ色を纏い、自分の足で歩き始めればいい。



 その時、パパの背中は、もう見えない場所にあるかもしれない。

 それでも、いい。



 いつか、追い越されるために。

 パパは、今日もかっこいい背中を、見せていくーー。







  ー香水の匂いは消えても、走り続けた背中は、誰かの未来に残っていくー



 J2の丸刈り頭の19歳。

 彼は、少し背伸びをして、主張の強いディオールの香水をつけていた。


 高校時代、サッカーが出来ない1年間を過ごした少年が、今度はプロの世界で、自分の居場所を作ろうとしていた。

 技術も、知識も、経験も、これからだった。けれど、彼にはサッカーが出来ない1年間で鍛え上げた「走る」という武器があったーー。



   ☆誰よりも、走る

   ★何度でも、走る

   ☆相手が嫌がるほど、走る



 ーー「走る」を武器に、水戸では13ゴールを記録し、脚光を浴びる。

 かつて、立ちたくても立てなかったピッチで、彼は、自分の力で居場所を作っていった。

 けれど、かつてサッカーが出来なかった少年は、まだ満たされていなかった。





 「今は、ステップのステップのステップ。」

 J2から、J1へ。日本から、海外へ。



 夢とは、最初から鮮明に見えているものとは限りません。

 歩き続けたからこそ、描く事が出来る夢が、あります。




 前田大然にとって、世界最高峰の舞台は、かつて夢見る事もなかった舞台だった。

 サッカーを観る習慣のなかった彼が、プレミアリーグの試合を観るようになった。


 そして、そのリーグの覇者相手に、ゴールを決めた。

 かつて、サッカーが出来ない時期に1人鍛えてきた「走る」という、武器を使って。



 最初から夢を持っていたから、そこに辿り着くとは、限らない。

 歩き続けた、否、走り続けた先に、初めて、夢に出逢う事もある。






 5歳の長男は「セルティックの選手になりたい。」と、言っている。

 子どもにとって、パパの立っている場所とは、それ程、遠い場所ではないのかもしれない。


 今、パパが着ているのはセルティックの緑のユニホームではなく、プレミアに挑戦している青いユニホーム。

 だからといって青いユニホームを、着させるつもりはない。


 憧れたものを身に着ける事と、憧れた場所へ近づく事は、きっと違うから。

 そして、パパのかっこいい背中を見せ続けていれば、自然と青いユニホームに、憧れる日がくるだろうから。





 パパとなり、香水の匂いは、ほのかに香る程度になった。

 それは、自分を大きく見せなくても、走り続けた時間が彼自身を証明しているという事なのかもしれないーー。



  ☆高校時代、サッカーが出来なかった1年間

  ★J2で、自分の力を証明し続けようとした日々

  ☆パパとなり、家族とともに世界を目指した時間



 ーーあの頃、纏っていたものが、いつしか、自分自身のものになっていく。

 走り続けていれば、いつか背伸びをしなくても、憧れていた場所に立てる日がくる。





 香水の匂いは、いつか消える。

 憧れていたユニホームも、いつか脱ぐ日が来る。


 それでも、パパの背中を見て、自分も歩き始めたという記憶は、心のどこかに残る。

 夢を見せる事よりも、夢を追いかけるかっこいいパパの背中を見せていきたい。


 その物語の名前は、前田大然。