みんなでが、空気になる時ー推し文化が、問いを失わせるー





 ーー「みんなで。」その言葉は、いつしか「みんなと、同じで。」へと姿を変える。


 誰も、命令していない。誰も、口を塞いでいない。

 それなのに、誰も違うことを、言わなくなる。


 空気には、声よりも、強い力がある。





 目標は、優勝だった。

 結果は、ベスト32。


 その事実は、誰も責めない。

 挑戦した者だけが、見られる景色があることを、私は知っている。




 けれど、挑戦を讃えることと、問いを失うことは、同じではない。

 「なぜ、届かなかったのか?」

 その問いは、批判ではない。未来への、責任であるーー。







  ー組織を壊すのは、失敗ではない。問いが、空気に消えた時であるー



 人は、誰かを応援する時、いつの間にか「考える事」を、手放してしまう事があります。

 応援する事と、賛成する事は、本来違います。


 けれど、誰かを応援する時、その境界は、驚く程に、曖昧となります。




 今回のワールドカップで日本は、優勝を目標に掲げていました。

 しかし、結果はベスト32での敗退でした。


 勿論、選手や監督・スタッフは、全力を尽くしたと思います。

 その挑戦や努力を、否定するつもりはありません。

 それでも私は「何故、目標に届かなかったのか?」という問いがない、否、問いを作らせない空気に、強い違和感を感じています。







 

 …大事なことを思い出した。大切な人の記憶が蘇った。これから、僕が相手をするのは空気だ…

 …押しても、引いても、叩いても、何もないあの空気。学校を取り巻く空気…




 …右に倣えの生き方は楽でいい。悪いことの判断を全部自分でするのはカロリーを使うし、自分の意思を持つと否定された時に傷つくことになる…

 …その点、みんなと一緒であれば、安全でいられる。見たくないものを、見ずにいられる。考えたくないことを、考えずにいられる。全部他人事で、済ませられる…



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 …だけど、みんなそうしてるからってだけで、誰かを苦しめていいなんていう理屈はない…

 …みんながそうしてるから。みんながそう言ってるから。それが正しいとも限らない。だいたい、みんなって誰だ?…



  『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』梓川咲太の脳内言葉です。







  ー空気は、人を1つにする。だが問いまで1つになった時、その組織は未来を失うー



 記者会見には、誰も言葉にしない、否、してはいけない共通理解のようなものが、流れていました。

 森保さんも、大会前から「みんなで」「共闘」という、言葉を繰り返していました。


 「みんなで」「共闘」という考えは、大切です。

 サッカーは、1人では勝つ事が出来ません。互いを信じる事は、勝利には不可欠な要素です。





 「みんなで」「共闘」という言葉は、人を1つにします。

 だが同時に「1つである事」を、求め始めます。



 そこから少しでも外れた声は「敵」として見えやすくなるのですーー。


   ☆応援する事と、批判しない事は違う

   ★信頼する事と、疑問を持たない事は違う


 ーーそれでも、私達は、その違いを簡単に、見失ってしまいます。




 「みんなで」という言葉が「違う意見を、言わないで」という、空気に変わる。

 「共闘し応援する」事が「批判してはいけない」という、同調圧力へ変わる。


 そこに、私は現代の「推し文化」の影響を、感じました。








 ーー違う意見とは、亀裂ではない。

 光が入ることができる、隙間であると、私は、考えている。



 私たちは、その隙間を埋めようとする。

 みんなと、一緒であるように。自分だけ、みんなから外れないように。



 けれど、全ての隙間を埋めた組織は、空気しか吸えなくなる。



 風は、隙間があるから通る。光は、隙間があるから差し込む。

 そして、未来は、違う意見があるから、生まれる。




 問いを受け止められなくなった時、私たちは推しを応援しているのではなく「空気」を応援しているのかもしれない。

 
 空気は、いつも静かだ。

 静かだからこそ、気づかないうちに、私たちから考える力を奪っていくーー。







   ー光は、隙間から差し込む。未来もまた、違う意見という隙間から生まれるー



 近年の「推し文化」は、多くの人を、救ってきましたーー。


   ☆推しの、アイドル

   ★推しの、アニメキャラクター

   ☆推しの、スポーツ選手


 ーー誰かを応援する事は、生きる力になります。

 日本で生まれた「推し」という文化は、孤独を埋め、人と人を繋ぐ、素晴らしい文化であると、思います。




 しかし、人には、1つの心理がありますーー。


  ★誰かを好きになる程、その人を守りたくなる

  ☆その思いが強い程、その人への批判=自分への批判と感じる


 ーーすると、現実は少しずつ見えにくくなり「信じたいもの」だけが、残っていきます。




 この現象を、心理学では「認知的不協和」「内集団バイアス」と、説明しています。

 自分が信じてきたものと矛盾する情報が現れると、人は情報を修正するよりも、自分の信念を守ろうとします。


 応援と問いは、対立するものではありません。

 本当に応援しているからこそーー


    ☆何が、足りなかったのか?

    ★もっと良い方法は、なかったのか?


 ーーそう問い続ける事が出来るのです。




 これは、サッカーだけに限った話ではありませんーー。


    ★会社でも

    ☆学校でも

    ★家庭でも


 ーー「みんなのため」という言葉は、人を繋ぐ力になります。

 その一方で「違う意見を、言いにくい空気」を、作る事にもなります。




 本当に強い組織とは、誰もが同じ事を言う組織ではありません。

 本当に強い組織とは、異なる意見が歓迎され、耳の痛い言葉にも価値を見出せる組織です。


 応援とは、皆と同じように、黙って拍手を送る事だけではありません。

 応援とは、より良くなる未来を信じて、問い続ける事でもあります。



 「みんなで」「共闘」という言葉が本当の意味で生きるのは、その中に違う意見を受け止める余白がある時だと、私は思っています。